まずはゴブジに東京に着きますように……
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第22回は「今度はどこからオイルが……?」をお届けします。
エンジンの調子はいいものの……
「オイルシールも新品に交換したし、関連してるところのチェックも終わって、クルマが博物館に帰ってきますよ」
とチンクエチェント博物館の深津館長が電話をくれたのは、いつだったっけ? メモし忘れちゃってたのだけど、2021年5月の真ん中ぐらいのことだったと思う。すぐにでも名古屋に向かいたいところだったのだけど、タイミングがあまりよろしくなく、ちょうどロケだとかラジオの収録だとかミーティングだとかが立て込んでて、僕は2泊3日のスケジュールが作れなかった。
えっ? なぜ普通なら日帰りすら可能な東京〜名古屋〜東京で2泊3日なのか? 前にもちょろっと記したことがあるような気もするけど、理由はシンプルだ。夜の原稿書きがいつ終わるかわからなくて早朝移動にしくじる不安があるから、前夜のうちに名古屋入りしておきたい。そしてチンクエチェントがまた路上でストップして帰れなくなる可能性はゼロじゃないから、というか「様子を見てみよう」の状態だった速度計で65km/hあたり、スマホのナビアプリのGPSでは75km/h弱あたりからググッと大きくなるナゾの振動が解決してないどころか原因すらわかっていなかったわけで、また名古屋からの帰路のどこか途中で動けなくなり、余分な1泊を強いられて翌日がオジャンになっちゃうんじゃないか? という心配がつきまとってた。あの頃はまだ、チンクエチェントと僕の信頼関係ができあがってなかったというか、互いを推し量るような状況だったというか、僕がチンクエチェントに試されてるというか、まぁそんな感じだったのだ。
何とか予定をあれこれやり繰りをして、5月25日の午前11時半、その後もずっと預かりっぱなしだったアバルト595モメントに乗って、返却がてら博物館を訪問。到着してみたらゴニョン(仮称)あらためゴブジ号は、博物館が依頼してる洗いのプロというかディテーリング作業のプロの手によって、あらためてピカピカに磨き上げられている最中だった。手際は見事のひと言。機会を作ってこのプロフェッショナルの技と、チンクエチェントに相応しい洗車方法を取材させてもらいたい、と思ったほどだ。
この時間にチンクエチェント博物館を訪ねたのには、隠れた理由がある。少ししたらお昼時。伊藤代表や深津館長と一緒にあれこれ話をしながらのランチを楽しめるからだ。それは僕にとっては嬉しい憩いのひととき。お店はもちろん例によって、あんかけパスタの隠れた名店である。いつもながらの美味さにニヤニヤしながら、話題はあっちに飛んで、こっちに飛んで。そんな中で深津さんが、こんなことを言っていた。
「オイルシールはしっかり組まれてるし関連したところのチェックもちゃんとしてもらってるんですけど、破損の具合を考えると、もしかしたらエンジン内部に細かな鉄粉とかが入っちゃってる可能性もあるかもしれないですね。写真を撮っておけばよかったなぁ。もしかしたらいずれエンジンをオーバーホールする必要が出てくるかもしれないですけど、すぐにどうこうにはならないので、しばらくはこのまま行きましょう」
「破裂してからちょっとの間、僕も安全に停められる路肩を探して走っちゃいましたからね。すみません……」
「いやいや、とんでもない。安全を優先するのは当然ですよ。何かあってからじゃ遅いですからね。それと軽く走ってみた感じだとエンジンは相変わらず調子いいんですけど、何かエンジンルームにうっすらオイルが漂ってるみたいなんですよね。僕の方でも漏れてる箇所はないか、滲んでるところはないか、チェックしてみたんですけど、そういうのは見当たらない。綺麗にはしてあるけどエンジンをバラしたわけじゃないから、細かいところに入っちゃってるオイルがエンジンルーム内に入ってくる空気で飛ばされたりしてるのかな、なんて思ってます」
エンジンルームを見るとフードにはオイルが付着
あんかけパスタに満足してから博物館に戻って、深津さんと僕はゴブジ号のエンジンをかけた状態でリアのフードを開き、ふたりでオイルの漏れや滲みはないかをチェックしてみる。もしかしたら? の可能性のありそうなところには、白い紙を近づけてオイルが細かく吹き飛んでたりしないかを見てみたりもする。どうやら問題なし。というか、そうとしか思えない。なので、途中途中でオイルの量などを見ながら東京に向かって走り、それから数日後の5月30日に愛知県のモリコロパークで開催される、チンクエチェント博物館主催の“ミラフィオーリ”という欧州車のイベントでのトークの仕事のために戻ってくるまでの間、都内でいろいろな走らせ方をしてチェックしよう、ということになった。
そんなこんなで夕方になる前に博物館をスタート。しばらくは下道を通って様子を見ることにした。……理由? 下道なら何かあっても即座に停車できる場所を見つけられるからだ。オイルを盛大にぶちまけながら新名神高速をヨタヨタとスロー走行したのはトラウマみたいになっている。国道1号線まで出てとりあえず岡崎を目指し、何事もなさそうなら岡崎東インターチェンジから新東名に入って東京まで、というのが青写真だ。……なぜ新東名か? 決まってる。車線の数が多いし道が広いし路肩の広いところが多いからだ。
うん。エンジンは前と変わらず調子いい。499.5ccのノーマルにしては、わりと速いよな。ステアリングのフィールは最初ほどじゃないけど、やっぱりまだ渋い。まぁそう簡単には馴染まないってことかな? 振動も……まだ出るなぁ。一般道の速度域でも、感じることは感じるもんな。
……あ。コンビニだ。ちょっとコーヒーを買うついでにエンジンルームの様子を見てみよう。んー、何だかエンジンフードの裏側がしっとりオイルにコーティングされてるような気がするぞ。気がするだけ……だよなぁ。
再び走り出す。普段は大雑把なのにこういうときには神経質になる僕は、10kmぐらい走ってコンビニを見つけたら停まり、停まったらエンジンフードを開けて、を繰り返した。そして岡崎市内に入った頃には確信した。
これ、どっかから絶対にオイル噴いてるよなぁ……。
いや、エンジンフードの内側に、その頃には目で見てわかるくらいのオイルが付着していたのだ。オイルの量をチェックすると、まだほとんど減ってない。んー、どうするか……。新東名に入ってサービスエリアごとにエンジンルームとオイルの量をチェックして、減ったらオイルをたして……で、とりあえず東京を目指そう。どっちにしても今は、いわゆる“ダメ出し”の時期って考えるしかないもんな……。
そして僕は岡崎東インターから新東名高速道路にすべり込み、目のさめるような遅さで東京を目指したのだが、オイルに関することを述べるなら、ある意味ではこの選択は正しかったのだろうし、ある意味では誤りだったのかもしれない。それは神のみぞ知る、だ。
だって、そんなのぜんぜん関係ねー! といえるような出来事が待ち受けてたのだから……。
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