TONEというブランドをもっと知ってもらうために
ソケットレンチを日本で初めて製品化したTONEであるが、主力製品は工場や建設現場でのプロ仕様のものがほとんど。そのため、歴史はあるのに一般ユーザーから認知されるようになったのは実は2015年以降だ。どうして、いまプロ向け工具のメーカーが、自動車整備などのアフターマーケットへ積極的にアピールするようになったのだろうか。
「もともとTONEは工場中心に製品を納めていたんですよ。で、自動車整備のところはほとんどできてなかったんですね、何故かいうと、先輩から聞いた話ですけど、戦後の重厚長大の時代に製鉄やそうしたところの工場で使う工具の開発と製造で精一杯だったみたいですわ。自動車メーカーもこれからというときで、まだ大したことなかった。そん時に自動車整備の方の代理店も来たみたいですけど、うちは忙しくてできへんからと断ったと聞いてます。いまの世の中は逆ですよね。自動車整備の工具に関しては、そんななかでの再スタートみたいなもんで、さて、どうしようかな、と。
TONEは日本で1番最初にソケットレンチの製造販売した会社なんです、というんが営業の枕詞なんです。でもね、パナソニックさんなら、二股ソケットを作ったメーカーです、とか、松下幸之助がどうのこうのと言わなくても、パナソニック言うたら誰でもわかるやろ、と。そんでうちも『TONEです』と言うたらわかってもらえるようにしよう、いうことで。
それで1番最初にジェットスキーからはじめて、その後オートバイ、最後に四輪へと広げていったんです。モータースポーツやることによって、1番最初、スーパーGTやったかな、工具セット持って回ったんです。その時は完全にアウェー状態ですわ。うちはどっちかいうと、開発主導の会社なんで製品では負けへんという自負があるんです。あと1番の宣伝は製品やと思うてるんです。なんぼ一所懸命宣伝しても、TONEって書いてある製品が壊れたら、『なんやこれ、TONEって書いてあるんはだめや』言われたらしまいですからね。
そんでなぜモータースポーツとかに力入れているのかと言うと、ユーザー心理になった場合に、工具を買いに行った時に、『TONEってどっかで見たな。ほんならこっち買うか』とかね。価格的にもTONEが安かって、尚且つTONEを知ってたら絶対に買ってもらえますからね。そういうふうになりたいなぁとは思ってます。
あと電動工具やってて良かったのが、作業工具しかやってないところと材料のレパートリーが違うんです。熱処理の方法とかも色々持ってますから。以前、あるところから特殊な箇所でつかうソケットを依頼されたことがあるんです。ソケットがナメたり割れたりするんで、TONEでええもんを考えてきてくれへんか、と。それで材料も熱処理も変えて作ったら、これがうまいこといったんですね……なんですけど、後日、販売店さんからクレームが入ったんですよ。なんのクレームかと言うたら、耐久性が良すぎてオーダーが入らへんようになった、言うんですね。
そりゃ販売店さんは数ださなあかんし、ユーザーさんは長持ちした方がええし。ひょっとしたらメーカーとしても、何回も買うてもろたほうが嬉しいんですけど、そしたらよそと一緒やなって。そやからTONEのやつは強いね、となると嬉しいですわ。自分で自分の首を絞めてるいうたら絞めてるんかも知らんけど、ユーザーさんが喜んでくれていたらそんでいいかなと。それで、どっかで返ってくると思うんですよ、そういうのは。ひょっとしたら、他の工具もTONEにしたろうか、とかね」
耐久性の高さは安心・安全につながる
TONEは、安心・安全を標榜するNAPACで唯一の工具メーカーだ。その妥協なきものづくりは、まさにNAPACの目指すところとリンクしている。
「最初はレーサーの方から紹介を受けて、会員にさせてもろたんですよね。そんでいい関係を築かせてもらってます。NAPAC会員は、個別で仲良くなってるもんがあるかも知らんけど、メーカーも結構入ってますから団体の中で情報のやり取りが活発になると嬉しいですね。マフラーのメーカーさんとか色々あるんで、『こんな工具をTONEで作れへんか』とかご意見いただけると嬉しいですね。そん時は、メーカーとメーカーだから、特別の価格でいこうよ、とかね。そうして作った製品をどこかで売るわけではないんで、一緒になって業界を伸ばせればいいと思うんですよね。
そういえば映画『OVER DRIVE』の劇中で整備のシーンで使う工具はTONEがええとNAPAC会員の人が言うてくれたらしいんですね。監督さんが、非常にこだわる人みたいで、『日本の工具だとどこがいい?」って、NAPAC会員の人に尋ねたみたいです。そんでTONEを推してもろうたらしいですわ。うちはありがたいことやなぁと思います。その関係で、ほかにもTONEを使ってもらえるようになったところもあって、お付き合いした人みないい人ばっかりで、本当に恵まれてるなぁと思うてます」
モータースポーツの現場では、当初、他所者だったと自認する矢野氏であるが、いまでは逆に顔を出さないと「体調でも悪かった?」と心配されると言う。製造にいたときも、営業にいたときも一貫して「お互いに一緒にやろう!」というスタンスを崩さない矢野氏は、モータースポーツの世界においても当然その姿勢を崩さなかったことで、だれからも受け入れられたのだろう。
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さて、冒頭でTONEの社名が利根川に由来していたことを述べたが、それは利根川の別称が「板東太郎」であることにある。「板東」とは昔の関東平野の呼び方。その関東平野を流れる利根川は日本一の流域面積を誇り、灌漑、水運など人々の生活にさまざまに役に立っている河川である。昔は大きな河川を地名と人名にたとえて呼ぶ習慣があり、日本最大の利根川は板東太郎と呼ばれていたというわけだ。ちなみに「太郎」は長男のことを指し、九州の筑後川が「筑紫次郎」、四国の吉野川が「四国三郎」と呼ばれている。
創業者の前田軍治氏が、商標を考える際に日本一の板東太郎の名が浮かび、日本一を標榜する意味で利根川のトネを取って、TONEと名付けたという。もちろん、そこには、日本一だけでなく、利根川が色々な分野で人々の生活と切っても切れない存在であるということも含まれていたであろう。
いまや建設現場や工場だけでなく、モータースポーツのシーンでも切っても切れない存在となったTONE。矢野氏が語るように、一度使ったら「TONEでなければ」と思わせるのは、妥協なき品質だからこそ。次ページでは、そうした現場になくてはならない工具の最新アップデート版を紹介しよう。