メイド・イン・ジャパンの技術が世界で認められた
1981年、BBSは鍛造製法を確立するためには高額となる設備投資が必要である、ということから、技術パートナーを探しはじめた。そこには世界中から数多くの企業が参加を申し込んだそうだ。しかしBBSが求める技術水準に達しているメーカーは少なく、ともするとBBSのブランド名を利用することを目的としているようなところもあったそうだ。
そんな状況の中、ワシマイヤー社はBBSに対して技術提携の申し込みをおこなう。それを受けて訪日したバウムガルトナー氏は、複数の日本メーカーを視察したのち、ワシマイヤー社の分割鍛造技術を確認し、技術提携を結ぶことを決定、1983年に日本BBSが誕生した。
名作「RS」の誕生、そして鍛造1ピースの実用化
その日本BBSが1984年につくり出したのが、名作といわれる「RS」である。日本BBSはRSを製造するにあたって新たに5000トン鍛造プレス機を導入し、高強度と軽量を担保する鍛流線を維持しつつ、美しいディッシュ面を再現するための技術を実現。それによってつくられた鍛造3ピースのRSは、日本国内の安全基準はもちろん、ドイツにおけるOEM基準のテストにも合格をし、市販されることとなった。
1985年にはメッシュデザインの鍛造1ピースホイール「RG」を開発。ディスク部とインナーリム、アウターリムという3つのパーツをピアスボルトで結合する3ピース構造に比して、強度にも軽さにも優れる1ピース構造の鍛造ホイールは、製造に関する技術的な難易度が高くさまざまなホイールメーカーが開発を続けていたが、実用化には至っていなかった。それを世界ではじめて実用化したのが日本BBSの技術である。その技術力に対してアメリカ・SEMAショーは技術革新大賞を授与。さらに日産「スカイライン」へのオプション設定を皮切りに、自動車メーカー各社に対するOEM供給も広がりはじめた。
BBSジャパンとドイツのBBSモータースポーツは別会社でありパートナー
その後BBSは、1992年にスクーデリアフェラーリF1チームへのマグネシウム鍛造ホイールの供給を開始し、トヨタや日産、マツダなどの国内自動車メーカーや、イギリスなど海外の自動車メーカーへのOEM供給を拡大。1994年には鍛造で使用する金型を内製化したことで、開発から生産までの工程を適正化する。大径化するホイールへの対応として9000トン鍛造プレス機や1万2000トン鍛造プレス機を導入するなど、たゆまぬ技術開発を続けている。
現在のBBS鍛造ホイールは、すべてBBSジャパン(2013年に日本BBSから商号変更)が設計、生産を行っている。ドイツにあるBBSは鋳造ホイールメーカーで、それぞれ別会社だがパートナーとして協力関係にある。ただし、レーシングホイールに関してはBBSジャパンの100%子会社であるドイツのBBSモータースポーツが供給をおこなっている。現在のF1で使用されている18インチホイールは、BBSモータースポーツが設計し、日本で製造された鍛造成型品をドイツに送り、切削加工をおこなって完成品を仕上げている。
一方で日本国内のレーシングマシンで採用されているレーシングホイールは、国内で設計・生産をおこなっているが、そこにはBBSモータースポーツで開発された設計思想や生産技術が活かされている。
このようなドイツと日本の技術の融合があったからこそ、腐食などの問題があって市販は無理といわれていたマグネシウム鍛造ホイール「RE-Mg」をつくり出すことができたのだろうし、熱管理の厳しさと素材の均一化の難しさからこれも市販は無理ではといわれていた、超超ジュラルミン鍛造ホイール「RI-D」を世に送り出すことができたのだろう。
価値に裏打ちされたからこその価格
以前、某レーシングチームの総監督に話を伺ったことがある。その要旨をまとめると、次のようになる。
「ホイールの強さ、剛性というのはよくいわれるが、BBSは本当に必要な部分が強い。だからタイムが出るしタイヤの持ちもいい」
これはなにもレーシングカーだけに通用するものではなく、市販車にとっても大事なもの。よくレースで得たノウハウを市販車用アイテムに活かす、ということがいわれるが、BBSはそれをストレートに実践しているメーカーである。優れた技術に対しては、相応の対価を支払うのがあたり前。そう考えたとき、はたしてBBSのホイールは高価といえるのか。判断するのはユーザーである。