買い手にとってはお買い得な、約120万円で落札
イタリア本国版フィアット124では、1968年になると排気量を1438ccに拡大して70psとした「スペチアル(Special)」が追加された。この上級バージョンには丸型4灯ヘッドライトが与えられ、エクステリアでもスタンダードと印象を変えた。同時にトップモデルとして、スポルト系(クーペ/スパイダー)にはすでに搭載されていたDOHCエンジンをコンバートした「スペチアルT」も登場している。
今回「St. Moritz 2023」オークションに出品された124スペチアルは、1438ccの4気筒OHVエンジンに4速マニュアルギアボックスを組み合わせたモデル。この種の実用車の常として、古くなったのちにはあまり大切に取り扱われず、サビで朽ちてしまった車両も少なくない124ベルリーナの中にあって、オークションの公式カタログ写真を見る限りでは例外的に美しいコンディションを保っているようだ。
ただしこのカタログでは、車両状態および来歴に関する記述は皆無に等しい状況なのだが、新車時のオリジナル、ないしは純正色でレストアしたと思われるダークブルーのボディ、そしてブラウンのビニールレザー内装はともに素晴らしい色合わせとコンディション。フィアット社オフィシャルのサービスステーション登録簿、純正のスペアホイールなども添付されての出品になったとのことである。
RMサザビーズ欧州本社は、出品者であるイセリ・コレクションとの協議の結果、1万2000~1万4000スイスフランという、かなり控えめなエスティメート(推定落札価格)を設定。さらにこの出品については、比較的安価なクルマでは定石となる「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」で行うことを決定した。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは、金額を問わず確実に落札されることから会場の雰囲気が盛り上がり、ビッド(入札)が進むこともあるのがメリット。しかしそのいっぽうで、たとえビッドが出品者の希望に達するまで伸びなくても、落札されてしまうという落とし穴もある。
そして実際の競売では、リザーヴなしが裏目に出た7425スイスフラン、日本円に換算すれば約120万円という、出品サイドの期待を大幅に下回るプライスで小槌が落とされることになってしまった。
同じフィアット124でも、21世紀にマツダND「ロードスターをベース」とするリバイバル版がフィアット/アバルト両ブランド登場した「スポルトスパイダー」や、せめて「スポルト(クーペ)」版であればもう少し高くなったのかもしれないが、クラシックカー/コレクターズカー市場における4ドアセダンは、どうしても安価となってしまうのが実情。しかも丸目2灯のメタル製メッキグリルを持つ初期型ではなく、丸型4灯ヘッドライトにちょっと不愛想な黒い樹脂製ラジエーターグリルを装備した後期型であること。さらにいうなら、クーペやスパイダーと共通となるランプレーディ・ツインカムを搭載した「スペチアルT」でもなく、もっとも大人しいOHV搭載モデルであることも相まって、このような厳しい結果となってしまったといわざるを得ない。
とはいえ、この種の一見冴えない実用車こそが熱愛の対象であるエンスージアストが確実に存在するのは間違いのないところで、そんな方々にとっては現況の「買い手市場」は、決して悪いものでもないのだろう。