新清水ICでうんともすんともいわなくなったゴブジ号
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第24回は「ヘッドライトが暗くなった矢先に……」をお届けします。
あれ? ヘッドライトが暗い…?
チンクエチェントのヘッドライトは暗い。「だいぶ」だとか「かなり」という言葉を頭につけて強調したぐらいではたりないほどに、果てしなく暗い。まるで行灯のようにぼんやりとしてて、それでもないよりはたしかにましではあるけど、あるからといって決して心強い気持ちになれるようなシロモノではない。最初に夜を走ったのはブレーキが抜けて初めて走行不能になった日のことだったのだけど、それはもうビックリだった。50年前のクルマと現代のクルマの決定的な違いのひとつがここ、と言ってもいいだろう。
そういう「お先真っ暗」みたいなヘッドライトだからまともに行く先を照らしてくれてる実感もなく。期待感もなく、だから最初のうち、僕はまったく気づいてなかったのだ。ヘッドライトがさらに暗くなっていたことに。
静岡サービスエリアを出発したのは、たしか20時半をまわるかまわらないかの時間。新東名の3車線の一番左のレーンをさらに左ベタベタに寄って、速度計で65km/h、スマホのナビアプリのGPSで75km/h弱で走るゴブジ号は、なかなか快調だった。ナゾの振動が相変わらずなことと、どこからかエンジンオイルが滲み出てリアのエンジンフードの裏側にペッタリと付着し、その量が次第に増えていくことを除けば。
だけどエンジンが軽やかに回るから、下り坂ではしっかり意識してないと速度がスルスル上がって、ナゾの振動が大きくなりはじめたことに気づいてアクセルを抜いて……。そんなことを何度か繰り返しているうちに、ゴブジ号よりゆっくり走るタンクローリーに追いついてしまった。でもそれ以上速度を上げたくないから抜くに抜けず、タンクローリーの鏡面研磨仕上げみたいな後部に写し出されるゴブジ号を眺めるでもなく眺めながら走ることになったわけだ。
……あれ?
タンクローリーに写るゴブジ号のヘッドライトが、行灯どころか豆電球みたいな儚い感じだ。ほとんど点いてる気がしない。明らかに暗くなってる。
どういうこと? 今度は何があった? マジかー!
どこかにクルマを停めてチェックしなきゃ。まぁただでさえ自分で工具を持ってあれこれやりたいタイプじゃないしメカに強い方でもないし電気系なんてからっきしだけど、緩んでるところを見つけて固定することぐらいならできるだろ。それくらいですむならいいんだけど……。でも、清水パーキングエリアはさっき通り過ぎちゃったし、次は……駿河湾沼津サービスエリア? まだあと30km近く先じゃん。そこまでもつかな……?
もたなかった。
ずっと気まぐれにチカチカと点いたり消えたりしてたからそういうものだと思ってた電気系の警告灯がビシッ! と点きっぱなしになり、これまたあってもなくてもほとんど同じメーターの照明というかまさしく豆電球みたいな灯りが消えてることに気づいて、イヤな汗がにじみ出したと思ったら、急にエンジンの回転が落ち込んで、ストールした。
クラッチを踏んで惰性で走りながらハザードランプを点けて、どこにクルマを停めるのが安全かと考えてたら、何と! 新清水インターチェンジの出口へと向かう側道に差しかかった。迷わずそっちにステアリングを切って、後続車を気にしつつ、惰性のまま走れるところまで走って、停まっちゃったら押そう。軽いからほんの少し登ってるくらいの坂ならひとりで押せるし……。
そう思ってたら、側道から先のETCゲートまでの道のりは、ありがたいことに下り坂だ。ヨタヨタとゲートに辿り着いて無事に……いやちっとも無事じゃないけどそこを抜け、その先に停車させると、それからゴブジ号はウンともスンともいわず、ただのかわいらしいクルマのかたちをした路上障害物となった。スターターレバーを引いてもダメ。行灯……じゃなくてヘッドライトもまったく点灯せず。
こりゃ間違いなく電気系だ。電気がどこにも流れてない感じだ。緩んでる箇所とか外れてる箇所はないかとチェックできるところはチェックしたけど、それ以上のこととなると、こういうことに関して“ド”がつくくらいのシロートである僕にできることは何もない。うん、お手上げだ。チンクエチェント博物館の深津さんに電話しよーっと。