軽量化しつつも走りの装備を充実
現行ポルシェ「911(タイプ992)」が、デビューしたのは2018年のこと。以来、911のライフサイクルの例にもれず、カレラ、カレラS、GTS、ターボといったエンジンタイプの違いと、クーペ、カブリオレ、タルガといったボディタイプのかけあわせ、さらにGT3やGT3RSといった特別モデルが登場し、いまやひとことに911といっても、実に26ものバリエーションが存在する。
カレラやカレラSには設定のない7速MTを選択できる
デビューから5年を経て、992.1、いわゆる前期型992のラインアップはいったん完成を迎えようとしている。おそらくトリを取るのが、「911 S/T」だと思われるが、あちらは世界限定1963台で販売価格は4000万円超。すでに日本の割り当て台数は完売と言われており、お目にかかれる機会はそうそうないかもしれない。
落語の世界では、トリの一つ前に舞台に出る芸人のことを“膝代わり”と呼ぶらしいけれど、今回、それを務めるのが「カレラT」だ。「T」は“ツーリング”を意味するもの。1968年に初代911へと設定されたグレードで、当時のツーリングカーレースへの参戦を念頭に、内装などを簡略化したレーシングカーのベース車ともいえるモデルだった。
Tはその後しばらく途絶えていたが、先代(タイプ991)のときにそのグレード名が復活する。初代のコンセプトを受け継ぎながら、現代的な解釈をくわえて“ぜい肉をそぎ落とした、特にスポーティなセットアップ”仕様車として人気グレードとなった。
新型911カレラTは、ベースとなる911カレラと同じ最高出力385ps、最大トルク450Nmを発生する3リッター水平対向ツインターボエンジンを搭載。まず1つ目のポイントは、8速PDKだけでなく、カレラやカレラSには設定のない7速MTを選択できること。
それに加えてベースではオプションとなるリミテッドスリップリアディファレンシャルを備えたポルシェトルクベクトリング(PTV)、スポーツクロノパッケージとPASMスポーツサスペンションも標準装備し、車高は標準より10mm低められている。また通常はカレラS以上のモデルにしか装備されないリアアクスルステアリングもオプションで装着可能となっている。
もう1つのポイントが軽量化だ。遮音材とリアシートを省き(オプションで4座仕様も選択可)、軽量ガラスや軽量バッテリーを採用したことで、車両重量は1470kg (MT仕様)となっている。これは標準車の911カレラ(PDK仕様)よりも35kg軽い。ちなみにカレラTのPDK仕様はMT仕様に比べて+35kgとなるため標準車と同じ重量となる。
エクステリアでの標準車との違いは、ロゴやボディサイドのデカールなどをのぞけば、ドアミラーカバーやリアリッドグリルのトリムストリップなどにダークグレーの配色を採用。フロントガラスも、最上部をグレーに着色。スポーツエグゾーストシステムのテールパイプが、ハイグロスブラックで塗装されている点などだ。
初代から変わらぬ魅力を体現する1台
試乗車はパイソングリーンのMT仕様車だった。いまやスポーツカーでもATが常識だ。フェラーリ、ランボルギーニ、マクラーレンといったスーパーカーの世界ではMTは絶滅してしまった。それでもMTを設定し続けるのはポルシェの矜持なのだろう。
スペックをみてみると、0-100 km/h加速 はPDKが4.0 秒なのに対してMTは4.5 秒。0-200 km/h加速は、PDKが14.2 秒でMTは15.1 秒と1秒近くもの差がある。これではサーキットでのラップタイム比較ではまったく勝負にならない。そういう意味では速さを求めるモデルではないといえるだろう。
タイプ991の前期型では少し違和感のあった7速MTも洗練度が増しており、街乗りなどでも頻度高く使う2〜5速のあたりはさすがポルシェというべき操作フィールを実現している。7速は高速道路などでのクルージングギアという位置づけだ。
タイヤサイズは標準車に比べて1インチアップされており、フロントは20インチ、リアは21インチのチタニウムグレー カレラSホイールに、フロント245/35、リア305/30サイズのタイヤ(ピレリPゼロ)を組み合わせる。乗り味は、低い車高もあって適度に引き締められていながらも、カレラの延長線上にあるもので街乗りも快適にこなせる。これ以外にもカレラTの専用装備として、GTスポーツステアリングホイール、スポーツシートプラス、スポーツエグゾーストシステムも備わっている。
911は2023年に、生誕60周年。そして世のすべてのクルマがそうであるように変革のときを迎えている。そう遠くないタイミングで発表されるであろう992.2、いわゆる後期型992ではついに911にも電動化(ハイブリッド)モデルが追加される予定だ。
独特の鼓動を感じる水平対向エンジン、それに自らの手足と3ペダルとをシンクロさせながら幾度となくシフトチェンジを重ねていく。求めるのは速さではなく、操ることの楽しさ。カレラTは、そんな初代からずっと変わらない911の魅力を、現代においてもっともピュアに体現しているモデルといえるだろう。もし幸運にもこのクルマを購入できるのであれば、個人的には間違いなくMTを選ぶ。