普通なのに非凡な実用車の鑑のようなコンパクトカー
自動車メディアに長く携わっている業界関係者に、心に残っているクルマの思い出を語ってもらいました。今回は、モータージャーナリストの島崎七生人さんにフィアット「プント」にまつわるお話を振り返ってもらいました。
自分で所有した最初のフィアット
それまでにも仕事やプライベートで乗ったフィアット車はいろいろあった。だが、自分で所有した最初のフィアットはプントだった。今から26年前の1997年3月に導入が始まった日本仕様の初代で、カブリオや後にアバルト版なども展開されたが、ウチにやってきたのは5ドアの“セレクタ”という仕様。4気筒の1240ccエンジンにCVTが組み合わせられた簡素なクルマだった。
このプントだが、僕にとっては実は“追いイタ車”でもあった。というのも、当時の僕は自分のクルマを、アルファ ロメオのセダン「164」から発作的にクーペ「GTV」に乗り換えたばかりの頃。しかしある時、海外試乗かショーの取材で成田に向かうことになった際、GTVのトランクルームには何とスペアタイヤがデン! と縦に載っており、それを降ろさない限り愛用のスーツケースが入らないことが判明。そこで乗っていたクラシック「ミニ」を手放して、代わりに導入したのがプントだった。アルファGTVはロングツアラーとしてそのままにし、フィアット・プントは増車の2台体勢、だから追いイタ車だったという訳だ。
ところでこの初代プント、自分で選んで乗っていた立場で言うのもこそばゆいが、今から考えても、普通なのに非凡な実用車の鑑のようなコンパクトカーだったと思う。
とくにパッケージングの素晴らしさにはつくづく感心させられた。全長3760mm×全幅1625mm×全高1460mm、ホイールベース2450mmと外観はとてもコンパクトだったが、室内はとても広々としていて居心地がよかった。とくに後席は6ライトの窓の明るさと相まって、1クラス上のクルマに乗っているかのような余裕で、人を乗せると大抵「へえ、広いねぇ」と言われた。前席は少しアップライトなシートポジションということもあり見晴らしがよく、クルマそのものの扱いやすさは上々だった。
成田エクスプレスの任務もこなしてくれた
シートは表皮がオーセンティックなチェック柄のファブリックで風合いもサッパリとしていて、何よりコンパクトカーながらクッションの厚みがありシッカリとした着座感が味わえた。インパネにはこの時代のクルマらしく後付け感満載のエアバッグが助手席側にポコッとついていたものの、インパネ自体は空調関係の2つのダイヤルをはじめ、必要最小限の機能が並んでいる程度。実にシンプルながら実用車の用途だったからそれで十分で、クルマそのものは鉄ホイール+ホイールキャップのまったくの“吊るし”の状態で乗っていたが、1DINサイズの標準装着のFM/AMカセットステレオだけ、SONYのMDデッキに自分で付け替えた。
もちろん“成田エクスプレス”の任務もちゃんとこなしてくれた。とあるメーカーの海外試乗会のお誘いに、とある編集部の人と参加することになり、ダブルフォールド式の後席を畳めば彼のサムソナイトと僕のTUMIの22インチの2人分のスーツケースが楽々と載せられた。実用車としての面目躍如といったところだった。
ジョルジェット・ジウジアーロが手がけた冴えたスタイル
4気筒/1240ccのFIREエンジンは60ps/9.8kgmで、1750〜4850rpmで最大トルクの90%以上を発生するというもので、街中はもちろん高速走行も必要にして十分だった。ただし組み合わせられるのがCVTだったためアクセルワークはコツを掴む必要があり、無闇にアクセルを踏み込むと、いわゆるかつてのCVTで言われたラバーバンドフィールを味わうことになり、それが少々もどかしかった。一方でサスペンションストロークがたっぷりとしているおかげで乗り心地はすこぶる快適で、コーナリングでクルマがロールした際のロードホールディングも確かで安心感が高く、こうした何気なく走りの素性が高いところはフィアット(=欧州コンパクト)の魅力だなと改めて実感した。
それからもうひとつ、初代プントの魅力のひとつとして忘れてはならないのがジョルジェット・ジウジアーロが手がけた冴えたスタイルだ。何を隠そう物心ついてミニチュアカーのコレクションを始めた頃から(!)ジウジアーロのファンだった僕は、それまでも自分のクルマとしていすゞ「117クーペ」を皮切りに、いすゞ初代「ピアッツァ」、VW初代「シロッコ」などを乗り継いだ。なので初代プントでジウジアーロにまた乗れることをおおいに楽しんだ。
同じフィアットのコンパクト系でジウジアーロはパンダやプントの前身のウーノも手がけていたが、それらともまた違うプントの“作風”は、年代が異なるとはいえ彼のセンスとアイデアの引き出しの豊富さを思い知らさられたもの。とくにショルダーから下に微妙なインバースを設け、それをリアまで回したところや、縦長のリアコンビランプをピラーに沿わすなどし無駄なパーティングラインを徹底的に整理していたところなど、とてもさり気ないがデザイン上の味わいどころだった。プントは庶民のための足グルマだったが、同じ庶民ながら、イタリア(と欧州)の人たちはこんなに洒落たクルマが身近にあって羨ましいなぁ……と思ったものだ。