いつも同じ夢に悩まされる。手放した後悔とそこからのリスタート
しかし、そんな思い入れが強い「ランサー1600GSR」との生活はそんなに長くはなかった。結婚に合わせて愛車を手放す。そんなエピソードも、クルマ好きの多くが経験する当たり前の出来事だ。牧野さんが興味深いのは、その次の段階である。手元にない愛車の夢を見るのだそうだ。しかも、1度ではなく何度も。そして、内容はいつも同じ。
「コーナーがいくつも続く道を走っているんです。気持ち良く駆け抜けているんだけど、あるコーナーでギア比が合わなくなる。2速では引っ張り過ぎ。でも3速に入れると回転が低すぎる。あの時代のライバル車、トヨタのTE27カローラなども一緒に走っていて、彼らは2速で引っ張ったままそのコーナーを走り抜けていく。でも私は、いつもそこで気持ちよく走ることができない。このもどかしい内容を、不思議と何度も夢で見たんですよねぇ」
牧野さんが現在の愛車を手に入れたのは、それがきっかけだったのだ。「これだけ同じ夢を見るのなら、もう乗るしかない!」そう決断し、同車種好きの仲間でクラブを作ろうという掲示板を雑誌で見つけて、それに参加。探し始めて約3年が経過したところで、縁がありこの車両に辿り着いた。「外装などはボロボロで、一応車検は通りますよ、というレベル」だったそうだが、それを了承。しかも、ラッキーだったのは、当時ご自分が活用していたパーツの一部も、まだ所有していたことだった。
「同じ車両に乗るかどうかなんて全く分からなかったのに、いくつかのパーツを手放さずにまだ持っていたんです。中に付けている計器類やトリップメーターなどの専用機器、コドライバー用のライトやペンホルダーなど、当時ちょっとだけラリーを楽しんでいた時のパーツなどが残っていたのがラッキーでした」
尊敬する篠塚健次郎氏にも見てもらった、本気の愛情表現
車両入手は1993〜1994年頃とのことで、そこからすでに30年近くもの時間が過ぎた。当初はボロボロの車両を修理しながら通勤にも活用するなど、まだノーマルに近い状態。その後、この「ランサー1600GSR」は普段使いではなくイベント用として楽しむことが多くなったことで、2010年頃にこの仕様へと一気に変貌させた。
「苦労したのはこの当時のグラフィックを再現することですね。資料を調べていくと、当時参戦したレースによって微妙に仕様が異なることが判明。いろいろ考えた結果、1975年のサザンクロスラリー仕様がいいなと思いまして。グラフィックは、フジミ模型のステッカーをベースにしています。このランサー1600GSRが模型化されていて私はその復刻版を手に入れていたのです。それが1/20スケールだったので、20倍にリサイズすれば使えるかなと(笑)。若い頃は全塗装でしたが、今回はカッティングシートで再現しています」
取材後に調べてみたが、間違いなく該当品のプラモデルが世に出回っていたことを確認した。フジミ模型より「1/20 三菱イエローランサー1600GSR 1975年度サザンクロスラリー出場者 篠塚ランサー 新デカールバージョン保存版」と明記された、ダートを巻き上げて疾走するイラストが描かれた商品であった。
しかも牧野さんは、敬愛するラリードライバーで牧野さんにとっては雲の上の存在という篠塚健次郎さんの元を、仲間と共にイベントを開催して訪れている。若かりし頃の破天荒な行動も、趣味に時間を割けるようになった今でも、好きなことに対しての牧野さんの熱量は何ひとつ変わらないままなのだ。