ホンダのレジェンドたちが愛したTR3は、人の心を癒やしてくれる
今回ご紹介する1957年式トライアンフTR3は、かつて本田技研にデザイナーとして在籍し、今やバイクファンの間では伝説と化している「CB400F」や「CBX400F」、スクーターの人気を復活させた「タクト」、さらには現代のビッグスクーターの元祖ともいえる「フュージョン」などをデザインされた故・佐藤充弥さんが、晩年に愛用していた個体とのこと。
しかも佐藤さんの前のオーナーは、第1期ホンダF1をエンジン開発者として主導したのち、1980〜90年代の第2期には社長としてF1参戦を支えた川本信彦さんだったという。つまり、往年のホンダのレジェンド的エンジニアたちに愛用された、この上なく由緒正しいTR3なのだ。
現オーナーの才門勇介さんは、佐藤さんが2015年に逝去されたのち、ご遺族および佐藤さんがTR3とともに過ごした長野県某所のクルマ仲間たちからも引き受けを要請されていたという。しかし、この個体が紡いできた歴史を受け継ぐ重圧から悩みぬいたのち、ようやく3年後に入手を決意するに至ったとのことである。
才門さんとは長年の友人である筆者も、じつは彼がTR3を引き受けることについて「背中を押した」ひとり。それゆえ、この個体のステアリングを握る機会はこれまで幾度となくあったのだが、そのたびに乗りやすさに感心させられてしまう。
でも、この乗りやすさには理由がある。「毎日アシとして乗りたい」という前オーナーの佐藤さんの意向で、トランスミッションは1速がノンシンクロのスタンダード製4速MTから20世紀末の英フォード社製、ケータハムなどにも使用されてきた5速フルシンクロMTに換装してあり、オリジナルよりも格段にスムーズで、しかも確実なシフトフィールを体感させてくれる。
また、やたらと操舵が重いうえに正確性にも劣るウォーム&ローラー式のステアリングギヤボックスも、より近代的なラック&ピニオン式に換えられていることからハンドル操作はとてもラクで、コーナーでも狙ったラインに前輪をつけることができる。
とはいえ、持ち前のワイルドな乗り味をもたらしているシャシーは不変ということで、乗り心地はかなりハード。緩いシャシー/ボディは、不整地ではギシギシと音を立てるほか、1950年代においても旧式になりつつあったリーフリジッドのリアサスペンションは、荒れた路面でカーブを回りながらスロットルを開けてしまうと容赦なく横に飛んでしまうことから、筆者ごときのドライビングスキルでは思いっきりスロットルを踏み込むことに躊躇してしまう。
でも、今どきのスポーツカーであれば弱点として指摘されるべきこれらの古臭い特質が、なぜか「トラサン」では楽しくて仕方がない。
2基のSUキャブレターを組み合わせたロングストローク型の4気筒OHVは、当然ながら高回転までスカーンと気持ちよく回るタイプではない。また、パワー感もほどほどのレベルに留まるが、その代わりに低中速域から豊かなトルクを発生し、アップダウン強めのワインディングロードでも力強い走りを見せてくれる。
くわえて「ヴォロロロロッ」という、ちょっと劇画チックな4気筒サウンドや、スロットル操作を素直に反映するレスポンス。そして「コクコク」と決まるシフトフィールに至るすべてが心地よい。だからサイドスクリーンを外し、左肘をドア上縁に乗せて、秋の風を全身で浴びながらのドライブは、ある意味ヒーリング的な行為ともいえるのだ。
武骨で古臭いと思っていたキャラクターが、じつは乗り手の心を癒してくれるもの。正統派・優等生のMGに対して、ちょっとアウトローなキャラもあるといわれてきたトライアンフながら、この時代の英国製スポーツカー特有の温かみは、間違いなく共有していることが実感できたのである。
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