ほぼ新車のまま保存されてきたモンディアルtたち
2023年11月4日、RMサザビーズ欧州本社が、その本拠地であるロンドンの市内にある古城「マールボロ・ハウス」で行った「LONDON」オークションでは、近現代フェラーリの一群の出品が話題となった。その企画タイトルは「The Factory Fresh Collection」。シンガポールでフェラーリの正規ディーラー「ホンセ・モーターズ」を長年経営してきたビジネスマンにして、生粋のフェラーリ愛好家としても知られるアルフレッド・タン氏が新車として入手したのち、未登録でほとんど走らせることなく保管してきたフェラーリの数々が、オークション会場に集められたのだ。今回はその中から2台の「モンディアルt」、クーペとカブリオレを俎上に乗せて、ここに解説させていただくことにしよう。
V8ミッドシップ/2+2フェラーリの最終進化形とは?
1980年、まずはファーストモデルの「モンディアル8」として発表されたフェラーリ モンディアル系は、70年代のディーノ/フェラーリ「308GT4」の後継モデル。そして、1950年代初頭の4気筒レーシングスポーツ「500モンディアル」にあやかった車名を与えられた。
そののち、フェラーリを代表する量産モデルのひとつとなり、13年間の生産期間中に6000台以上がマラネッロからラインオフされることになる。
前任の308GT4がベルトーネ製だったのに対して、モンディアル系のデザインワークはピニンファリーナが担当。ホイールベースを308GT4から10cm伸ばしたこともあり、よりエレガントさを強調したボディの下には、パワフルな3L V型8気筒・4カムシャフトエンジンをリアミッドに搭載しながらも、308GT4時代よりもわずかながら実用性を増したリアシートも設けられた。実際モンディアルは、1980年代から1990年代にかけてのフェラーリの中で、もっとも実用的なモデルだったのだ。
また、モンディアル系は「308GTB」や「328GTB」など2シーターのベルリネッタ(およびそのスパイダー版)に先んじて先進テクノロジーを採用したのも特徴で、1982年には気筒あたり4バルブのヘッドを持つ「モンディアル クアトロヴァルヴォレ(QV)」へとマイナーチェンジ。さらに1985年には、3.2Lエンジンの「モンディアル3.2」へと進化する。しかし、1988年にデビューした最終進化型「モンディアルt」は、もっとも明確な変貌を遂げたモンディアルといえよう。
フロント/リアのフェンダーをよりグラマラスな形状としたうえに、リアフェンダーのエアスクープのデザインもリニューアルするなど、エクステリアをよりマッシブなスタイリングとしたにとどまらず、3.4Lまで拡大したV8エンジンを縦置き、ギヤボックスを横置きにするという、1970~80年代にF1GPの最前線で大活躍したF1マシン、一連の「312T」シリーズにインスパイアされたレイアウトを、2シーターモデル「348tb/348ts」に先行して採用したのが、なによりも大きな特徴であった。
これらのデバイスにより、ドライブトレインを13cm低くマウントできるようになり、フェラーリはロードホールディングとハンドリングに大きなメリットがあると主張した。ミッドシップ・フェラーリとしては初の採用となったパワーステアリング、電子制御ショックアブソーバー、アンチロックブレーキなども標準装備。総合的な使い勝手が向上したことも、モンディアルtについて特筆すべきトピックであろう。
2台ともに超低走行で、まるで新車のようなコンディション! でも……
フェラーリ モンディアル史上、もっともドラスティックな進化を遂げた「t」のうち、クーペは858台が生産されたといわれている。そのうち、右ハンドル仕様としてフェラーリのファクトリーをラインオフしたのは45台にすぎない。「ファクトリー・フレッシュ・コレクション」に新車納車されたのは、その中の1台である。
この時代におけるフェラーリの定番「ロッソ・コルサ」のボディに「クレマ(クリーム)」色のコノリー社製レザーインテリアで仕立てられたこの車両は、初代オーナーであるアルフレッド・タン氏に引き渡されて以来、ずっとコレクションとして保管されてきた。
車両には、フェラーリの厳選されたドキュメントやマニュアルが収められたレザーフォリオが付属し、ファクトリーデータによればエンジンはマッチングナンバーのままとのことである。
いっぽうモンディアルtカブリオレは、1989年から1993年にかけてわずか1017台が製造されたうちの1台。シャシーナンバーは#96504と記されていることからも推測されるように、1993年に製作された最終期の生産分であり、この時代にはオプションで選択できた仏「VALEO」社との共同開発によるクラッチレス5速マニュアルのトランスミッション、通称「ヴァレオマティック」が組み合わされている。
こちらもホンセ・モーターズによって新車オーダーされたあと、そのまま30年以上にもわたってファクトリー・フレッシュ・コレクションに所蔵されている。ほとんどドライブに供される機会が無かったため、RMサザビーズ社公式オークションカタログ作成時のオドメーターはわずか254kmを刻んでいたに過ぎない。くわえて、厳選されたフェラーリのドキュメントやマニュアルを収めたレザーフォリオが付属されるのも、tクーペと同じである。
RMサザビーズ欧州本社とファクトリー・フレッシュ・コレクションは協議の末に、モンディアルtクーペには10万ポンド~15万ポンド。tカブリオレには12万ポンド~17万ポンドという、このモデルとしては破格ともいうべき自信たっぷりのエスティメート(推定落札価格)を設定。ともに出品者サイドの自信を示すように「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」での出品となった。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは、金額を問わず確実に落札されることから会場の雰囲気が盛り上がり、ビッド(入札)が進むこともあるのがメリット。しかしその一方で、たとえビッドが出品者の希望に達するまで伸びなくても、落札されてしまうという落とし穴もある。
そして実際の競売では出品サイドの賭けが裏目に出たのか、tクーペは3万4500ポンド、tカブリオレは3万9100ポンド。つまり、日本円に換算すれば前者が約630万円、後者は約710万円という、エスティメートの約1/4にもおよばない価格で落札されてしまうことになった。
とはいえこの落札価格は、国際マーケットにおけるモンディアルtの相場価格からみると常識的な範疇にとどまっているのも間違いないところ。たとえタイムカプセルから取り出したかのごとく、新車同様で超低走行といえども、特別に人気の高いモデルでもない限りは、市場価格の数倍のハンマープライスというわけにはいかない。それが実情のようだ。