カイエンの新たなフラッグシップモデルにバルセロナで試乗
2023年4月に3代目のマイナーチェンジが行われたポルシェ「カイエン」に、2種類のプラグインハイブリッドが追加されました。その中でも「カイエン史上最もパワフル」とうたわれる「ターボ E-ハイブリッド」をスペインで試乗。試乗車のほとんどがクーペボディでしたが、それには理由がありました。
3種類のPHEVをラインナップした基幹モデル
ポルシェを代表するモデルはと問われれば、多くの人が「911」と答えるだろう。しかし、現在、ポルシェのビジネスを支える屋台骨はSUVであり、カイエンだ。
初代カイエンが登場したのは2002年のこと。それまでのポルシェは911と「ボクスター」のみのラインナップで、年産約5万5000台規模のメーカーだった。それがポルシェ初のSUVカイエンの登場を機に大きく成長を遂げることになる。
2021年の年間販売台数はついに30万台を突破。コロナ禍においても右肩上がりのセールスを記録し翌年も2年連続で30万台を超え、1位がカイエン、2位が「マカン」と、販売台数の半数以上をこれらSUVモデルが占めている。
ポルシェはスポーツカーづくりを継続していくために、SUVをつくるというビジネスモデルを構築した。それがいま世のスーパーカーメーカーやラグジュアリィカーメーカーにおいても、あたり前の戦略になっていることはご存知のとおりだ。
2023年4月の上海モーターショーでカイエンの新型がワールドプレミアされた。この新型は2018年に登場した3代目のいわゆるマイナーチェンジ版だ。しかし、ポルシェ自らが「史上、最大級の広範な製品アップグレード」とうたうだけあって、変更点は多岐にわたる。
ポルシェの流儀のひとつに、モデルバリエーションの多様さがある。911を例にみると、ベースにはじまり、SにGTS、さらにはRRと4WDの駆動方式やクーペやカブリオレといった車型の違いもあって、ホームページにあるモデル数を数えてみると26にもなる。
カイエンももちろんその例に漏れない。ベースにはじまり、S、ターボ、GTSと拡充していくのが通例で、ボディタイプはSUV(標準)とクーペの2種類がある。しかし、カイエンはいま電気自動車への移行期でもあり、少しばかりモデル展開が複雑になっている。
導入当初は3L V6の「カイエン」、それをベースとしたPHEV(プラグインハイブリッド)の「カイエンE-ハイブリッド」、4L V8の「カイエンS」が発表された。そして今回新たに2種類のPHEV、「カイエンS E-ハイブリッド」と「カイエンターボE-ハイブリッド」が追加された。これにより新型カイエンには3種類のPHEVモデルが設定されたことになる。
「カイエンE-Performance」と呼ばれる3種類のPHEVモデルが搭載するモーターおよびバッテリーなどはいずれも共通のもの。モーター出力は先代比で30kW増の130kW(176ps)、モータートルクは460Nm、バッテリー容量は17.9kWhから25.9kWhに増大したことで、電気のみによる航続距離は最長90km(WLTPモード)に到達する。
システム合計出力はカイエン史上最高の739馬力
2023年10月、スペイン・バルセロナで、カイエンの新たなフラッグシップモデルである「カイエンターボE-ハイブリッド」をメインとする試乗会が開催された。スタート地点であるバルセロナ市内にあるホテルには、ずらりと10台以上のターボE-ハイブリッドが並んでいた。そのほとんどがクーペボディだ。じつは欧州ではクーペを選ぶオーナーは約3割で、日本においてはさらにその割合は少なくなるという。なぜクーペがメインだったのかは、のちに判明することになる。
先代とのエクステリアの違いは、カイエンのオーナーやポルシェに詳しい人にしか分からないかもしれない。あえて差をつけないのもポルシェらしい手法と言える。まず分かりやすいのはヘッドライトの形状が変更されたこと。目頭のあたりに注目すると、先代では丸みがあるが、新型では尖ったエッジの効いたデザインになっている。新型は全車にマトリクスLEDヘッドライトが標準装備に。そしてバンパーの開口部が大きくスクエアな印象になった。ターボの証としては左右に配された一直線のデイタイムライトが2重になっている。またリアのコンビネーションランプも横一文字の力強いラインに見えるデザインになった。
インテリアデザインは一新されている。電気自動車「タイカン」の要素を全面的に取り入れたものだ。メーターパネルは、ナセル(日除け)のないフリースタンディングデザインの12.6インチ曲面ディスプレイを採用。ステアリングはモード切り替えダイヤルが備わるスポーティなもので、その脇にオートマチックギアセレクターが移設されている。タッチ式のセンターディスプレイのほかオプションで助手席専用のディスプレイも用意された。
ターボE-ハイブリッドは、最高出力599ps、最大トルク800Nmの4L V8ツインターボエンジンにモーターを組み合わせ、パワーユニットの合計出力は「カイエン史上最高」の739ps、最大トルクは950Nmを発揮する。0-100km/h加速3.7秒、最高速度は295km/hに達する。
さらにスポーティな「GTパッケージ」はクーペのみに設定
試乗車はフル充電に少し足りない状態で、メーター内の電動走行可能距離は66kmと表示されていた。まずは電動走行モードであるE-POWERで走りだす。早朝のバルセロナの市街地は通勤のクルマやバスで大渋滞している。そうした中を排気音や排気ガスを出すことなく電動走行できるのは精神衛生上いいものだ。渋滞をくぐり抜けて高速道路に入る。スペインの高速道路の制限速度は大半が100km/h、速い区間でも120km/hと日本と似た設定。ターボE-ハイブリッドは約130km/hまでは電動走行可能なためエンジンが始動することはない。
しばらく高速道路を走行したのちナビゲーションにしたがって山間のワインディングロードに入った。約2.5tという車重を感じさせない軽快なハンドリングでタイトなコーナーをクリアしていく。ホテルをスタートしてから59kmを走行した時点でようやくエンジンが始動した。掛け値なしでこれくらい走ってくれるのならば、日常は電気自動車として使えるだろう。また、エンジンの動力を使ってバッテリーを充電するE-CHARGEモードもある。高速走行中にチャージして、市街地では電動走行するといった使い方もできる。
ナビゲーションの目的地は、バルセロナ郊外にあるサーキット、パルクモートル・カステリョリだった。全長4140m、11コーナーがあり高低差は約50mもあるテクニカルなコースだ。ここでは新グレードである「GTパッケージ」を試す。これは先代の「ターボGT」の代替となるクーペボディのターボE-ハイブリッドにのみ設定されるモデル。クーペ推しの理由はそういうことだった。
じつは新型にもターボGTは存在するのだが、日本や欧州の排ガス規制に適合せず、主に北米、中国で販売されるという。日欧などでは、このGTパッケージがトップパフォーマンスモデルという位置づけとなる。車高は10mm低く、ルーフをはじめ外装にカーボンパーツを多用し、軽量バッテリーなどを採用することで、ベースモデル比-100kgの軽量化を実現。これにより0-100km/h加速は3.6秒に短縮、最高速度は305km/hに到達する。
サーキットでは、このクーペボディのGTパッケージを試した。走行モードをスポーツプラスモードに切り替えると青く焼けたチタンマフラー内のフラップが開き、野太いV8サウンドが車内に響く。サスペンションは想像していたものよりもずっとしなやかだ。
新型カイエンの開発者が、今回のモデルチェンジのハイライトのひとつに新開発のシャシーを挙げていたのだが、ターボは伸側と縮側を別々に調整してくれる2チャンバー、2バルブ技術を採用したアダプティブエアサスペンションを標準装備しており、ピッチやロールもうまく抑制してくれる。車高の低さ、車重の軽さも効いており、ノーマルのターボとGTパッケージを比べると明らかに安定してハイスピードでコーナリングできる。ブレーキもGTパッケージはPCCB(ポルシェセラミックコンポジットブレーキ)を標準装着しているだけあって、ブレーキペダルの踏力に応じてきっちりと速度を抑え込んでくれる。これぞポルシェだと感じる瞬間だ。
ポルシェはいま、2030年までに80%超の市販車を内燃機関から電気自動車へとスイッチしていく目標を掲げる。タイカンに続く電気自動車の第2弾は、2024年に発表予定の次期型マカン。2025年にはこのカイエンも電気自動車バージョンが発表される予定だ。おそらくこの3代目が内燃エンジンを搭載する最後のカイエンになるのだろう。いまのうちにしっかりと味わっておきたいと思わせる出来栄えだった。