前橋の地で日本有数のワインと料理を堪能する
未来に向けて様変わりせんとする前橋の街やギャラリーのアートを存分に楽しんだ後に訪れたい場所が、今回の大きな目的の一つ、この中に入るフレンチレストラン「セパージュ(cépages)」である。
ワインの「ぶどう品種」や「ブレンドの割合」意味する店名を冠するゆえ、ワイン好きなら思わず反応するお店だろう。実際、そのコンセプトは「日本でも有数の素晴らしいワインと料理を味わえる場所を作る」というもので、群馬の食文化や食材と日本各地の選りすぐりの食材にこだわった本格的なフランス料理と上質なワインを提供するお店としてオープンした。
入口は一見すると建物の通用口のようなドアのみ。初めて訪れたならこれが入口だろうか? と戸惑うかもしれない。レストランの一角を思わせるコーナーがあるのだが、実は日本ともなじみの深いデザイナー、シャルロット・ペリアンの家具を使ったアートピースで店内ではない。実際の店内は外からは見えない。米国ではSpeakeasy(スピークイージー:こっそりと話すことに由来する禁酒法時代の隠れた酒屋のこと)と呼ばれる超隠れ家的なバーやレストランがITや金融界隈の人々の間で人気となっているが、まさにそのような雰囲気である。
ドアを開け、一歩入るとそこには漆喰の壁で囲まれたナチュラルで温かみのある空間が現れる。店内は3つのセクションから構成されており、6席のみのカウンターダイニング、アートピースに囲まれた16席のホールエリア、そしてバーエリアが広がっている。ユニークなのはカウンター席。目の前はオープンキッチンなのだが、ダイニングとキッチンが一体となっているかのような空間なのだ。キッチン周りには余計なものが一切なく、驚くほど清潔でシンプルそして美しい。
同門の二人による息の合ったマリアージュに舌鼓
この店を仕切るのは、石橋和樹シェフとソムリエの内藤大治朗マネージャーの二人。石橋シェフはグランメゾンの「アピシウス」や三つ星を獲得している「レフェルヴェソンス」でセクションシェフを務めるなど、クラシックとモダン双方のフレンチで研鑽を積んできた注目の若手シェフだ。内藤マネージャーもまた「レフェルヴェソンス」「ナオトK」などでソムリエを務めてきた人物。同門で元同僚である二人の息の合ったマリアージュに自ずと期待がかかる。
料理は繊細で独創的だ。群馬県産を中心としたこだわりの食材を使い、名門で培ってきたテクニックと感性で、ここだけでしか味わえない味覚へと昇華させている。
例えば、前橋のソウルフード「焼きまんじゅう」から発想を得たというフォアグラにブリオッシュを合わせるスペシャリテは、焼きまんじゅうに見立てた生地の上に、フォアグラのテリーヌをのせ、サトウキビの搾り汁を煮詰めたシロップ「ボカ」を塗りながら焼きあげるユニークな一品だ。サクッとした香ばしいブリオッシュと柔らかく味わい深いフォアグラに「ボカ」の優しい甘みで舌を楽しませる。そこに合わせるワインはなんと「シャトーディケム」の「ソーテルヌ」である。しかも2003年とそろそろ飲み頃となったもの。贅沢で甘美なひと時が口の中に広がるのだった。
季節によって食材もメニューも変わるが、もうひとつの定番がメインに提供される青森産の鴨肉の炭火焼。
キッチン中央に隠された炭火台でじんわりと火を通し、最後に藁で燻して香りをつけるというこだわりの一皿だ。ライブ感もたっぷりで見ていて楽しい。ソースは群馬県上野村の麦味噌「十石味噌」と牛のだしを煮詰め、バスク地方の香辛料ピマンデスペレットや黒ニンニクを効かせ仕上げている。うまみたっぷり、ジューシーな鴨肉と響きあうその深い味わいはまさに口福の瞬間だった。
合わされたワインは、選ぶのが難しいとされるブルゴーニュの「クロ・ド・ヴージョ」。高い評価を得ている2018年のグランクリュが出された。バニラ香りからムスクのようなスパイス香へとゆっくりと移り変わる味わいで、鴨肉やコクのあるソースとも相性抜群。気さくな内藤マネージャーのさりげない、しかし素晴らしいセレクトで、食もお酒も進んでしまった。
現在は、十数品の料理が提供されるディナーのおまかせコースのみで料金は3万3000円、ワインペアリングは別途3万3000円(いずれも消費税込み、サービス料別)と、東京の一流店並み。しかし、料理も空間もサービスもそれだけの価値があるといっていいだろう。セラーに並ぶラインナップもなかなかお目にかかれない銘柄が揃っていた。
なお、21時から24時はバータイムとしてアラカルトや各種のお酒が楽しめる。前橋の夜を優雅に過ごすバーとしての利用もおすすめだ。ちなみに石橋シェフのこだわりの仕込み一つに、上州地鶏をベースにした「出汁」がある。バータイムではその「出汁」を使ったラーメンがオーダーできるのだ。あっさりとしつつもうまみたっぷり。もし訪れたならおすすめしたい一品だ。
「セパ―ジュ」は食も空間もアート性に満ちている。だが、見た目だけではない。取材の合間にも仕込みのために魚を丁寧にさばく石橋シェフの姿を見るにつけ、またこの店の料理を食べてみたい、と思えたのだった。
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