ハセミレーシングのJGTC仕様R32GT-Rが、英国のオークションに登場
2010年代以降、日本製のクラシックカーやコレクターズカーが、世界の一流オークションに出品されることも珍しくはなくなっている。また、日本国内や海外で戦ったキャリアを持つレーシングカーの登場も時おりみられるようになった。2023年11月4日、RMサザビーズ欧州本社が、その本拠地であるロンドンの市内にある古城「マールボロ・ハウス」で行った「LONDON 2023」オークションでは、創成期の「全日本GT選手権(現在のスーパーGT)」にて「ユニシア・ジェックス」カラーで大活躍した日産スカイラインGT-Rが出品された。
日本レース界のレジェンドが作りあげたR32系スカイラインGT-R
日産R32系スカイラインGT-Rは、20世紀終盤のわが国におけるアイコニックな名作。その名声を確たるものとしたのは、トップレベルのモータースポーツではめったにお目にかかれない偉業を成し遂げたことだろう。
星野一義、長谷見昌弘、高橋国光など、1960〜70年代から日産ワークスを支えてきたレジェンドたちのドライブで、日本最高峰のツーリングカー選手権において実に4シーズン(1990〜1993年)にわたって無敗を誇った。
同時に、「オーストラリア・ツーリングカー選手権」での連覇(1991〜1992年)、「N1スーパー耐久シリーズ」での日本耐久選手権連覇(1990〜1992年)などの偉業に加え、1991年スパ・フランコルシャン24時間レースでは本場ヨーロッパにおける重要な勝利も達成している。
実際1993年シーズンまでにはFIAやJAF、オーストラリア・モータースポーツ連盟が、R32の絶対的な優位性を抑えるために複数のツーリングカーカテゴリーを新設する事態にまで発展させてしまった、正真正銘の「カテゴリーキラー」だったのだ。
そしてR32GT-Rのステアリングを握って、目覚ましい成功を収めたドライバーの存在も際立っていたが、なかでも特筆すべきは「ミスター・スカイライン」とも呼ばれていた長谷見昌弘である。
海外ではあまり知られていないが、長谷見は日本国内のモータースポーツ界では重要なビッグネーム。1980年シーズンには、「全日本F2選手権」「鈴鹿F2選手権」「富士グランチャンピオンレース」「全日本フォーミュラパシフィック」からなる国内最高峰4カテゴリーで年間タイトルを総なめした。
そののちも「富士スーパーシルエットレース」、グループA時代の「全日本ツーリングカー選手権」、グループC時代の「全日本スポーツカー選手権」とあらゆるカテゴリーでチャンピオンを獲得。さらに1992年のデイトナ24時間でも優勝トリオの一員となるなど、さまざまなカテゴリーでチャンピオンを獲得している。
1989年には「ハセミモータースポーツ」を創業し、自らマシンの開発にも参画。とくに古巣である日産/NISMOでは、星野一義の率いる「IMPUL」ともどもプライベーターとしてレース活動を支え続けた。
今回「LONDON 2023」オークションに出品されたR32GT-Rも、JGTCこと全日本GT選手権のためにハセミモータースポーツが製作し、数々のレースで戦果を挙げた記念碑的な1台なのだ。
創成期JGTCのトップコンテンダーは、4200万円で落札
このR32GT-Rのストーリーは1994年初頭、NISMOとハセミモータースポーツがこのマシンをカーボンファイバー製ボディワークや大規模な構造補強、最前線でのポジションを確保するための新しい足まわりなど、競争力のあるGTレースカーに作り上げたところから始まる。
最大のライバルだった「IMPUL」のR32は、グループAツーリングカー時代から継承された4WDを選んだいっぽう、ハセミモータースポーツはフロント側のドライブシャフトを排除し、FR駆動を選択。この英断によって重量を削減するとともに、RB26DETTエンジンをより後方に搭載することが可能となった。そして、当時日本のモータースポーツでは珍しかったXトラック6速シーケンシャルトランスミッションを搭載し、高い競争力を獲得することになった。
「JGTC」こと「全日本GT選手権」が本格始動した1994年シーズン、仙台ハイランド戦では長谷見がスタート早々から15秒の大差をつけてポールtoウィン。その約6週間後、長谷見昌弘/福山英朗/羽根幸浩組のドライブでエントリーした「十勝24時間レース」でも、2位に10ラップの大差をつけてのポールtoウィンを果たした。
その後、1995年シーズン緒戦を闘ったのち現役を引退。ハセミモータースポーツによって徹底的な修復が施されたのちにチームのオフィスに展示され、1996年から2022年までワンオーナーだった。
このR32GT-Rは1994年シーズン用のレーススペックから一度も改造されておらず、REINIK(日産工機)がレース用に組んだRB26DETTエンジン、専用のECU、Xトラック社製シーケンシャル変速機、AP社製レース用ブレーキシステム、GT仕様のボディワーク、メカニカルパートや足まわりなど、レースで勝利をもたらした主要なコンポーネンツが、すべて今なお保持。ボディには、最後のレースで貼られたステッカー類も残っている。
ただし、燃料タンクはより耐久性優先のアルミニウム製に換装されたほか、過去2年間にわたり、完全な液体・油脂類のフラッシングをおこなったほか、燃料ポンプなどを新品に交換。また、傷みやすいガスケットやホース、フィッティングの交換など、最高の動作状態に戻すことを目的とした徹底した修復プロジェクトが施されたのち、世界のマーケットに売りに出されることになった。
ご記憶の方もあるかもしれないが、実はわずか1年3カ月前、2022年8月にはRMサザビーズ欧州本社の開催による「MONTEREY 2022」オークションにも出品されていた。この時は28万ドルで落札されたものの、翌23年にはイギリスのクラシックカースペシャリスト「Girardo & Co」から売りに出されていた。
そしてこのほど、同じRMサザビーズでも欧州本社による「LONDON」オークションでは、22万5000ポンド~27万5000ポンドのエスティメート(推定落札価格)が設定されたのち、11月4日の競売では23万ポンド、日本円に換算すれば約4200万円で落札されるに至ったのだ。
現時点で開催されているクラシックカーレースでは、このクルマがエントリー可能なものはまだなさそうながら、すでに「カルソニック」の青いグループA仕様R32GT-Rが走ったこともあった「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」のヒルクライムあたりでは、いずれその雄姿が観られることを期待しておきたい。