近年の相場から見るとリーズナブルだった
2023年11月25日、RMサザビーズ欧州本社が開催した「Munich 2023」オークションでは、「The Style Icons Collection」と銘打ち、イタリアおよびイギリスで1970年代に製作された、5台のスーパースポーツ&高級グラントゥリズモが出品された。今回はその中から、マセラティ初のミッドシップ市販車「ボーラ」とそのオークション結果についてお話しさせていただこう。
70年代初頭のスーパーカー三台巨頭の一角を占めるボーラとは?
1960年代は名作「ギブリ」を擁して「フェラーリ デイトナ」および「ランボルギーニ ミウラ」と三つ巴の最速争いを繰り広げてきたマセラティだが、1970年代を迎えるとフェラーリは「365GT4/BB」、ランボルギーニは「クンタッチ(カウンタック)LP400」を投入。イタリアの大排気量スポーツカーの世界は、怒涛のミッドシップ時代に突入しようとしていた。
それまでは新技術の導入には慎重だったマセラティも、この時ばかりは負けじとばかりに、カウンタックLP500プロトティーポの初お目見えと同じ1971年のジュネーヴ・ショーに参加。ミッドシップのボーラを生産前提のショーモデルとして出品する。
この時期のスポーツカーとしてはかなり長めにとられた2600mmのホイールベースを巧みに昇華し、スタイリッシュに仕立てたボーラのモノコックボディは、独立して間もないジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタルデザイン社によるもの。リトラクタブル式の丸形2灯ヘッドライトや、ステンレス製のルーフが外観上の特徴となっていた。
パワーユニットはレーシングカー譲りのV型8気筒4カムシャフト。ただしデビュー当初は、ギブリの最強版「5000SS」用のエンジンは搭載されず、310psを発揮するとされた4.7リッター版のみを搭載。ただしマキシマムスピードについては、ギブリ5000SSと同じ280km/hと公表していた。
1973年には、まずはアメリカ市場向けに排ガス対策を施した4.9リッターV8を搭載。こちらは300psにパワーダウンしていたが、1975年のマイナーチェンジでは欧州マーケットでもフルパワー(320ps)の4.9リッターユニットが選択できることになった。
しかしボーラのテクノロジーにおける最大の特徴といえば、当時マセラティの親会社だった仏シトロエンから拝借し、4輪ディスクブレーキにポップアップ式のヘッドライトの昇降、果てはパワーウインドウ/シートなどにも導入されていた、油圧による「ハイドロ・ニューマティック」が挙げられよう。
またフロントに実用的なラゲッジスペースを持つことや、有効な遮音材や断熱材がちゃんと貼られていることなど、キャラクターについてもスパルタンなクンタッチやBBとは一線を画した、高級グラントゥリズモとしての資質も追求されていたとのことである。
ボディカラー変更は、時として価格引き下げの要因となる?
1972年7月12日に製造されたというこのボーラは、4.7リッターV型8気筒エンジンを搭載した289台のうちの1台。「CECICOエクイップメント」社CEOであるロベール・オージェの名義のもと、1972年10月26日にパリで登録された。
ジウジアーロがデザインしたボディワークは「アルジェント・インディアナポリス」と名づけられたシルバーメタリックにステンレスのルーフ。そして「ネロ(黒)」のレザーハイドによるインテリアが組み合わされていた。
それから12年後となる1984年7月まで、このボーラは5代のオーナーのもとを渡り歩く。フランス中央部ショーモンに住んでいた6代目所有者は、1986年11月25日、ベルナール・バブロンにマセラティを売却した。パリを拠点としていたバブロンは、1986年から2007年にイタリアのプライベートコレクションに加わるまで、このボーラを独力で維持していたようだ。ボディカラーを現在のジャッロ(黄色)にリペイントしたのも、バブロンと考えられている。
そして2014年、イタリアのディーラーにオークションで売却されたのち、2015年5月に今回のオークション出品者である現オーナーに売却された。
現オーナーのもとでは、ステアリングラックの修理と取り付けや4基のキャブレターのリビルド、ブレーキシステムのメンテナンスなど、6000ユーロに相当する整備がミュンヘンの「クビッキ・モータース」によって行われたとのことである。
スーパーカー界の創成期を盛り上げたスーパースター、ランボルギーニ クンタッチ&フェラーリBBと比べると、ちょっと地味。玄人好みなボーラは見過ごされがちなモデルだが、1970年代初頭のイタリア車デザインの最高峰であることは間違いあるまい。
しかも希少な初期モデルということで、RMサザビーズ欧州本社は11万ユーロ〜16万ユーロのエスティメートを設定。その上で「Offered Without Reserve」、つまり最低落札価格は設定しなかった。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは、金額を問わず確実に落札されることからオークション会場の雰囲気が盛り上がり、ビッド(入札)が進むこともあるのがメリット。しかしそのいっぽうで、たとえビッドが出品者の希望に達するまで伸びなくても、一定の時点で落札されてしまうというリスクも内包している。
そして迎えた11月25日の競売では、エスティメート下限に満たない10万8500ユーロ、日本円に換算すると約1700万円という、出品者側にとっては少々厳しいが、バイヤーにとってはなかなかのお買い得ともいえる価格でハンマーが落とされることになった。
ここ1〜2年、15万ユーロあたりで取り引きされる事例の多かったマセラティ ボーラとしてはリーズナブルな落札価格について、様々な要因が想像される。やはりボディカラーを好みの分かれるイエローに変えてしまったことが、少なからず影響しているとも思われるのだ。