視界を遮るほどの白煙が巻き上がる
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のキーワードは「ドリフト走行の白煙」についてです。クルマをテールスライドさせ迫力ある走りで観客を魅了する競技ですが、盛大に巻き上がる白煙について語ります。
都心に近い特設会場でも開催可能なドリフト競技
D1グランプリが盛り上がりを見せていますね。かつてはごく一部の走り好きの遊びのような感覚でしたが、いまでは立派にJAF公認の競技にまで成長しています。
2023年の最終戦が開催された東京・台場には、コースサイドを埋め尽くすほどの観客が訪れていました。観光地でもあることから、D1観戦が目的ではない人々の目にもドリフトという競技の存在が届くことは喜ばしいです。
会場は新橋と豊洲を結ぶ新交通ゆりかもめが目の前の駐車場。東京国際クルーズターミナル駅のホームからも見えることもあり、白煙を巻き上げながらのドリフトの妙技を見て、これゃなんだと目を白黒させたことでしょう。
モータースポーツは山の中にあるサーキットで開催されることが多く、わざわざ足を運んでくれる熱狂的なファン以外に競技を観てもらいにくいのも事実です。ですが、こうして東京の観光地で開催されることで一般の人の目にもとまり、ドリフトファンを増やすには絶好の環境だと思います。僕の生業はサーキットレースですが、広場があればどこでも開催可能なドリフトが羨ましく感じます。
気になる白煙の環境への影響は?
ただし、ちょっと誤解を生みそうなので、ここで先手を打って釈明しておきたいことがあります。
「その白煙は無害なのですか?」
800馬力を超えるマシンがフルパワーでドリフトに挑めば、路面を掻きむしろうとするタイヤからもうもうと白煙が巻き上がります。時には視界を奪うほどの白煙となり、それが風に乗って漂い、まるでモヤの中にいるような幻想的な雰囲気になることもあります。
門外漢にとっては、いかにも有害な煙のように混同してしまいます。タイヤはゴムの塊であり、そのゴムが燃えたのであれば確かに有害です。
「ゴム置き場が火災」などという事故が報道されることがありますが、あの時に巻き上がっている“黒い煙”を吸い込めば体に害を及ぼします。黒い煙というのは、ゴムの不完全燃焼状態です。体に良いわけがありません。
ところが、ドリフトでのそれは“白煙”です。タイヤが路面を激しく擦ることで立ち上がる白煙は、ゴムが燃えているわけではなく、ゴムの中の油分や水分が摩擦熱によって蒸発し、それが白煙になっているのです。黒煙とは別の状態と考えてください。
白煙は水蒸気ですから、つまり、ヤカンで水を沸騰させたときや、鍋料理の湯気と同質なのです。派手に巻き上げているので、食卓の湯気よりは濃く見えますが、あくまで水蒸気なのです。なので、無害といえますね。白煙と黒煙では、まったく正反対なのです。
その証拠に、東京都内でD1を開催する際に、警察署や消防署の許可が必要になります。トーヨータイヤではドリフトタイヤが巻き上げる白煙が無害であることのデータを行政に提出しています。その上で役所が無害であること確認しています。それにより白煙を気にすることなくドリフト観戦を楽しむことができるというわけです。