音楽とカセットテープが裏テーマ!?
『PERFECT DAYS』というタイトルがルー・リードの名曲「Perfect Day」に由来しているとおり、音楽もまたこの映画の重要な要素となっています。こけしは昔、仙台・文化横丁のバーでルー・リードを聞きながら吞んだくれていたこともあるので感無量です。
しかも主人公はカセットテープ派というのもポイント。近年は日本でもカセットテープというメディアが再び注目されて専門店も出現したりしていますが、平山の部屋の片隅のラックには、たぶん若い頃からストックしていると思われる大量のカセットテープが並びます。CD、MD、MP3といった平成以降のメディアに手を出さないで昔から好きな音楽を物持ちよく聞き続けているというのも、平山のキャラクターのひとつですね。
また、寝る前に読んでいる文庫本はウィリアム・フォークナー『野生の棕櫚(しゅろ)』、幸田文『木』、パトリシア・ハイスミス『11の物語』といったラインナップ。石川さゆり演じるスナックのママから「平山さんはインテリね」と言われているように、じつはけっこう筋金入りだったりします。
劇中のサウンドトラックとして、ルー・リードや彼がいたバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどの名曲が流れ、洋楽の懐メロをバックに現代の東京が映し出されるのは、ヴェンダース監督の趣味の領域かもしれません。でも途中から登場する平山の姪(中野有紗)の名前が「ニコ」だったりするのは、やっぱり洋楽ファンとしては喜んでしまいますね(アンディ・ウォーホルのバナナで有名なヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビューアルバムは『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』)。
21世紀初頭までクルマの純正オーディオにカセットが残っていた
ところでトイレ掃除のための道具を満載した主人公のダイハツ ハイゼットカーゴは、日本のはたらくクルマを代表する軽バン。しかも1999年~2004年までの先々代、9代目です。清掃会社のクルマという雰囲気でもなく、平山が自分の仕事のために個人的に所有して管理しているように見えます。
映画では自動車のチョイスは登場人物の人となりを物語る重要な道具のひとつですが、あらゆる見栄や趣味性を取り払った実用第一のハイゼットは、トイレ掃除の仕事を淡々と丁寧に行う平山の相棒として象徴的です。
ストーリーの後半で平山の妹(麻生祐未)が運転手つきの大きなレクサスで現れてハイゼットカーゴの隣に停めているシーンはまさしく象徴的で、ふたりの生きている世界と価値観が異なることを物語っています。
それにしても現行型は11代目となっているハイゼットカーゴの2世代も前の9代目、最終年式の2004年式だとしても20年近く前のモデルに乗り続けている平山。物持ちがいいというのもあるでしょうが、おそらくこのモデルに乗り続けている重要な理由は、カセットテープへのこだわりでしょう。ハイゼットカーゴの9代目までは、純正オーディオにカセットデッキが装備されていたんですね。
1990年代にカーオーディオにもCDの波が押し寄せましたが、2000年代初頭までは純正オーディオではカセットデッキが搭載されているクルマがまだまだ残っていました。ダッシュボードの上にオキニのカセットテープを並べて仕事のドライブを楽しむ平山にとって、カセットデッキのない新しいモデルに乗り換える理由はないということなのでしょう。
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ただ、もしも9代目ハイゼットカーゴがいよいよ寿命となったとしても心配はいりません。今はニッチとはいえカセット人気が盛り上がっているため、DIN規格の車載用カセットデッキが販売されてますから。インターネットを見ている気配もない平山に、もしどこかで出会ったら教えてあげたい……そう思うこけしなのでした。