ヴィム・ヴェンダース監督×役所広司主演でカンヌ主演男優賞を獲得
こんにちは。AMW編集部の見習いのこけしです。生まれは宮城県の鳴子温泉、名前はまだありません。ちょっと映画好きです。ところで2023年末から全国で上映中の『PERFECT DAYS』はドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース監督が東京で撮影した日独合作映画で、主演の役所広司が第76回カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したことでも話題です。公共トイレの清掃員である主人公の相棒は軽自動車のバンですが、いったいどんなクルマなのでしょうか。
日本好きなヴェンダース監督が描く光と影の豊かさ
ヴィム・ヴェンダースというと『パリ、テキサス』(1984年)や『ベルリン・天使の詩』(1987年)がとくに有名な映画監督ですが、大の日本好きとしても知られています。わけても小津安二郎監督を深く敬愛し、その足跡を追ったドキュメンタリー映画『東京画』(1985年)を撮っているほど。実際、今回の『PERFECT DAYS』で役所広司が演じる主人公の名前「平山」は、小津作品の『東京物語』(1983年)などに出てくる名前にあやかったものだったりします。
また、ヴェンダースはライカのカメラを持って世界各地で写真を撮るフォトグラファーとしての顔も持っていて、頻繁に日本を訪れています。2006年には東京で写真展「尾道への旅」が開催されていますし、2011年に刊行された写真集『Places, Strange and Quiet』(日本未発売)では30年にわたり世界各地を旅してきた風景写真の中から、尾道や直島、そして3.11後の福島で撮影した写真も収録されています。
今回の『PERFECT DAYS』は役所広司演じる無口なトイレ清掃員の平山が、毎日淡々と都内の公共トイレを清掃するルーティンを描いていく映画となっています。それだけ聞くと変化にとぼしくて退屈な内容では? と思ってしまいがちですが、そこは光と陰影の表現にかけてはずば抜けて繊細な感性とテクニックをもつヴェンダース。
空、木々、東京スカイツリー、古アパート、モダンなトイレ、あらゆるシーンの光や影、あるいはガラスへの写り込みまで、すべてが変化に満ちていて表情ゆたか。それらを見つめる平山のまなざしからは、シンプルな暮らしの中で深く満ち足りていることが窺われます。
こけしも約2時間ダレることなく上映が終わって映画館の外に出ると、いつも見慣れたはずの風景や影のカタチがなんだか新鮮に見えてきました。世界の見え方をちょっと変えてくれるといった意味で、まさしく良質なアート映画です。
東京という都市と公共トイレをめぐるロードムービー
この映画に登場するトイレはどれも個性的なデザインのものばかりなのですが、これらは「THE TOKYO TOILET」というプロジェクトによって生み出された実在するトイレ。安藤忠雄や佐藤可士和、隈 研吾などなど16組のアーティストがデザインした新時代の公共トイレで、渋谷区内17カ所につくられました。「聖地巡礼」に行くのも面白そうですね(もちろんマナーを守って)。そうそう、劇中で平山が着ているツナギも、このTHE TOKYO TOILETプロジェクトでNIGOがデザインしたユニフォームなんだそうです。
東京スカイツリーの見える墨田区の古アパートでひとり暮らししている主人公の平山は、朝起きたら歯みがきをして小鉢の植物に水をあげてツナギに着替えて、アパートの前の自販機で缶コーヒーを買ってから、愛車のダイハツ「ハイゼットカーゴ」に乗って掃除に出かけます。ハイゼットカーゴで首都高を走り、渋谷の街並みや、下北沢までも足をのばしていて、ちょっとしたロードムービーの趣きを味わえるのも『PERFECT DAYS』の良いところのひとつです。
ちなみに劇中で、同僚の若者タカシ(柄本時生)とその彼女のアヤ(アオイヤマダ)がハイゼットカーゴの前席に乗って、後ろに平山が座ってドライブしながらワチャワチャするシーンがあります。その構図と空気感に、山田洋次監督『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)を思い出してしまいました。この日本のロードムービーの名作についてヴェンダースが言及したことはおそらくないと思うのですが、たぶん意識してるんじゃないかな~と、こけしは思います。
音楽とカセットテープが裏テーマ!?
『PERFECT DAYS』というタイトルがルー・リードの名曲「Perfect Day」に由来しているとおり、音楽もまたこの映画の重要な要素となっています。こけしは昔、仙台・文化横丁のバーでルー・リードを聞きながら吞んだくれていたこともあるので感無量です。
しかも主人公はカセットテープ派というのもポイント。近年は日本でもカセットテープというメディアが再び注目されて専門店も出現したりしていますが、平山の部屋の片隅のラックには、たぶん若い頃からストックしていると思われる大量のカセットテープが並びます。CD、MD、MP3といった平成以降のメディアに手を出さないで昔から好きな音楽を物持ちよく聞き続けているというのも、平山のキャラクターのひとつですね。
また、寝る前に読んでいる文庫本はウィリアム・フォークナー『野生の棕櫚(しゅろ)』、幸田文『木』、パトリシア・ハイスミス『11の物語』といったラインナップ。石川さゆり演じるスナックのママから「平山さんはインテリね」と言われているように、じつはけっこう筋金入りだったりします。
劇中のサウンドトラックとして、ルー・リードや彼がいたバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどの名曲が流れ、洋楽の懐メロをバックに現代の東京が映し出されるのは、ヴェンダース監督の趣味の領域かもしれません。でも途中から登場する平山の姪(中野有紗)の名前が「ニコ」だったりするのは、やっぱり洋楽ファンとしては喜んでしまいますね(アンディ・ウォーホルのバナナで有名なヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビューアルバムは『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』)。
21世紀初頭までクルマの純正オーディオにカセットが残っていた
ところでトイレ掃除のための道具を満載した主人公のダイハツ ハイゼットカーゴは、日本のはたらくクルマを代表する軽バン。しかも1999年~2004年までの先々代、9代目です。清掃会社のクルマという雰囲気でもなく、平山が自分の仕事のために個人的に所有して管理しているように見えます。
映画では自動車のチョイスは登場人物の人となりを物語る重要な道具のひとつですが、あらゆる見栄や趣味性を取り払った実用第一のハイゼットは、トイレ掃除の仕事を淡々と丁寧に行う平山の相棒として象徴的です。
ストーリーの後半で平山の妹(麻生祐未)が運転手つきの大きなレクサスで現れてハイゼットカーゴの隣に停めているシーンはまさしく象徴的で、ふたりの生きている世界と価値観が異なることを物語っています。
それにしても現行型は11代目となっているハイゼットカーゴの2世代も前の9代目、最終年式の2004年式だとしても20年近く前のモデルに乗り続けている平山。物持ちがいいというのもあるでしょうが、おそらくこのモデルに乗り続けている重要な理由は、カセットテープへのこだわりでしょう。ハイゼットカーゴの9代目までは、純正オーディオにカセットデッキが装備されていたんですね。
1990年代にカーオーディオにもCDの波が押し寄せましたが、2000年代初頭までは純正オーディオではカセットデッキが搭載されているクルマがまだまだ残っていました。ダッシュボードの上にオキニのカセットテープを並べて仕事のドライブを楽しむ平山にとって、カセットデッキのない新しいモデルに乗り換える理由はないということなのでしょう。
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ただ、もしも9代目ハイゼットカーゴがいよいよ寿命となったとしても心配はいりません。今はニッチとはいえカセット人気が盛り上がっているため、DIN規格の車載用カセットデッキが販売されてますから。インターネットを見ている気配もない平山に、もしどこかで出会ったら教えてあげたい……そう思うこけしなのでした。