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伝説のBMWワークスカーがたったの4250万円!? 正体は本物の「3.0CSLエヴォケーション」でした。ところでエヴォケーションって?

27万2750ユーロ(邦貨換算約4250万円)で落札されたBMW「3.0CSL ワークス エヴォケーション」(C)Courtesy of RM Sotheby's

バットモービル! BMW3.0CSL

ミュンヘンといえば、カーマニアにとってはBMWの故郷。聖地として認知されている。2023年11月25日、自動車エンスージアストの楽園「モーターワールド・ミュンヘン」において、RMサザビーズ欧州本社が開催した「Munich 2023」オークションでは、聖地に相応しく素晴らしいBMWの数々が出品された

BMWのモータースポーツ史に輝く名作、3.0CSLとは?

BMWのE9シリーズは数々のレースで成功を収め、欧米のエンスージアストから賞賛を浴びたが、なかでも3.0 CSLは重要なモデル。1968年にデビューした美しき4座クーペ「2800CS」をベースとし、当時全欧で絶大な人気を誇っていた「ヨーロッパ・ツーリングカー選手権(ETC)」の王座獲得を目指し、FIA(国際自動車連盟)ホモロゲートを取得するために開発されたエヴォリューションモデルである。

1970年10月、BMWは2800CSのエンジン拡大版「3.0CS」を発表。その傍ら既定路線として、当時のETCにおける宿敵、より小型・軽量な「フォード・カプリRS」や「オペル・コモドーレ」に対する競争力を向上させるため、CSの大幅な軽量バージョンをアルピナとともに開発する。そして、当時のETCの対象だったFIAグループ2ホモロゲーションの取得を目的としたエヴォリューションモデルこそが3.0CSLだった。

ドイツ語において「軽い」を意味する「Leicht」の頭文字「L」を添えた車名が示すように、左右ドアやボンネット、トランクリッドをアルミ化しただけでなく、ルーフやフロントノーズのスチールパネルも薄板化を図り、フロント/リアウィンドウには薄板のラミネートガラスが採用された。

また、車内の防音材は排除され、フロアカーペットも薄いものに。ボンネット固定にはメッキ仕上げのボンネットピンに置き換える徹底ぶりで、車両重量は3.0CSの1400kgから約200kgのダイエットに成功したとされている。

直列6気筒SOHCの「ビッグシックス」エンジンは、当初3.0CSと共通となるツインキャブレターつき2985cc・180psとされていたが、1972年モデルの、いわゆる中期型ではインジェクション化されるとともに3003ccに拡大。さらに1973年モデルとなる後期型では、3153cc・206psにパワーアップされた。

しかし、CSLを最も印象づけているのは、やはり「バットモービル」という愛称のもととなった、大胆不敵なエアロパーツであろう。これは、1972年シーズンからFIAグループ2規約が厳格化し、空力付加パーツも市販モデルと共通の形状であることが求められた結果とされる。

中期型から採用されたこの空力パーツは、ノーズ下部を覆いつくすエアダムスカートや、極めて大型のリアウイング、ルーフ後端に設けられたスポイラーなどで構成。当時設立されたばかりの「BMWモータースポーツ(現在のBMW M社)」と、シュトゥットガルト大学との共同開発によるものと言われている。ただ、翌年になると西ドイツ国内の交通法規が厳格化されたことから、1973年生産の後期型ではバットモービル状態での販売は中止。そしてこの年をもってCSLは生産を終了し、総計わずか1039台の稀少車となった。

サーキットにおける3.0 CSLは、トワーヌ・ヘゼマンスとともに1973年のETC選手権を制したことで生来の目的を果たした。また現代アートの巨匠、アレクサンダー・カルダーによる「アートカー」スタイルのカラーリングを施した1975年のル・マン24時間レースに参戦。世界中のモータースポーツファンの度肝を抜いたことも、BMW3.0CSLというクルマにとっては、重要なエピソードといえるだろう。

レプリカ? それともエヴォケーション?

2023年11月のRMサザビーズ「Munich 2023」オークションに出品された3.0CSLは、シャシーNo.#2285395。1973年に製造された438台の後期型のうちの1台である。

もともとはBMWがホモロゲーション車両として生産したストリートバージョンであり、英国に新車として納車され、1973年9月13日に初登録されたという。

ロードカーとしてのヒストリー記録は残されていないものの、1990年代にはレーシングスペックに改造されていたと考えられている。

また2000年に出品されたオークションでは、3.5Lのレーシングエンジンが搭載され、カルダーの「アートカー」にオマージュを捧げたカラーリングが施されていたことが、当時のオークション資料に記されている。そののち白/赤/青のBMWワークスカラーに塗り替えられ、現在に至っているようだ。

1990年代に行われたと思われるレース仕様への改造は、徹底したものだった。室内にはロールケージが組み込まれ、スパルコ社製「エヴォ II」レーシングシートがマルチポイントハーネス・シートベルトとともにセット。くわえてロードバージョンのセンターコンソールに代わって、スイッチ類とエマージェンシー用カットオフ回路を備えたパネルが設置されている。

いっぽうエクステリアに目を移すと、大型のエアインテークが印象的なエアロボディキットで完全武装され、ディープリムのディッシュ分割式ホイールに英エイヴォン製レーシングタイヤが組み合わされている。またテールには、トランクリッドを貫通するように取り付けられたデュアル燃料フィラーに継続された、本格的なレース用燃料タンクが装備されている。

そして今世紀を迎えたのちは、前オーナーによって2011年の「アルガルヴェ・クラシック・フェスティバル」や2012年の「ドニントン・ヒストリック・フェスティバル」などのヒストリック・レーシングイベントに投入。さらに2017年6月には、「コンペティション・ツーリングカー・クラス」のFIAヒストリックテクニカルパスポートを取得した。

この3.0CSLは、すぐにでもサーキットでパフォーマンスを発揮するコンディションにあり、このオークションでの落札者にとって、BMW3.0CSLがエントリー対象とされるイベントでの理想的なパートナーとなり得る。そんな謳い文句とともに、RMサザビーズ欧州本社は37万ユーロ~47万ユーロという、かなり強気のエスティメート(推定落札価格)を設定した。

ところが、実際の競売では思うようにビッド(入札)が進まなかったのか、エスティメート下限を大幅に下回る27万2750ユーロ。日本円に換算すれば約4250万円という、出品者側にとってはいささか不本意、購入者にとってはリーズナブルな価格で落札されるに至った。

この落札価格は、ロードバージョンの3.0CSLの相場価格にほぼ匹敵する。現役時代のレースヒストリーのある本物の「3.5CSL」であれば、いわゆる「億越え」が当たり前の現況ながら、やはり後世にモディファイしたレース仕様車では、このあたりに落ち着くものと思われるのだ。

蛇足ながら、RMサザビーズでは今回の出品車を「3.0CSL Works Evocation」と命名している。「Evocation(エヴォケーション)」とは、記憶・感情などの喚起を意味する。つまり、当時モノのワークスカーを正しいメソッドで再現したと主張しているのだが、このなかなか便利な表記は、今後のクラシックカー業界で流行する予感がしなくもない。

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