マスタングは国民車並みに愛されたモデル
86階の展望デッキは回廊状にひと回りでき、まさに摩天楼の名をほしいままにするニューヨークの景色が一望できる。その回廊の一画に黄色いマスタングが展示されていた。正直言えばよくもこの場所にクルマを持ち上げて、しかもここで組み立てたものだと呆れてしまったが、とにかくアメリカ人のやることはド派手である。余談ながら、自動車がエンパイアステートビルの展望デッキに展示されるのは初めてだし、ここに展示されたものとしては最大かつ最も重いものだったそうだ。
人々に愛されるクルマがある。多くの場合、それらは国民車などと呼ばれ、日常の足として活躍したモデルたちだ。イギリスなら「ミニ」。ドイツならVW「ビートル」。イタリアだとフィアット「500(チンクェチェント)」などがそれにあたり、これらのモデルはいずれもオリジナルが消滅したのちに再び現代に蘇り、人々に愛され続けている。
だが今から60年前に誕生し、これまで途絶えることなく生産されたモデルはない(日本には不滅の「クラウン」というクルマがあるが)。フォード マスタングがこの世に誕生したのは、今からおよそ60年前の1964年4月17日だ。数度のモデルチェンジを受けてはいるが、一度としてモデルが途絶えることなく、10年前にゴールデンアニバーサリーを迎えた。
その時点で生産台数は900万台を数えていた。今も生産が続くマスタングは1000万台の大台に乗ってもおかしくない。まさに国民車並みに愛されたモデルと言って過言ではない。
「マッハE」と呼ばれるBEVモデルも登場したが、マスタング自体は今もICEを搭載したガソリン仕様のモデルのみが作られている。ライバルのシボレー「カマロ」やダッジ「チャレンジャー」はすでに生産中止のアナウンスがされ(しかも両モデルとも途中で生産は途切れている)、マスタングだけが再び残った。果たして、この素晴らしい歴史を紡いできたモデルがいつまで生産されるか、興味は尽きない。
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