スピリット・オブ・エクスタシーとともに走る、極上のドライブ体験
この取材のため、ロールス・ロイス/ベントレーの世界的コレクターである涌井清春氏が主宰する「M&K WAKUIくるま道楽/ブリストル研究所」から借り出した1964年式シルヴァークラウドIII マリナー・パークウォード製ドロップヘッド・クーペだが、ひとたび乗ってしまえばその成り立ちを証明するがごとく、ベントレーS3コンチネンタルにほど近いスポーティなキャラクターを感じることになる。
とくに着座位置の高いドライバーズシートに腰を降ろしてしまえば、あとの違いはノーズ前端に置かれるのがベントレーの「フライングB」ではなく、R-Rの「パルテノン神殿&スピリット・オブ・エクスタシー」になることくらいで、エクステリア/インテリアともにベントレーと大差ない。
だが、この時代のR-Rではパーソナル志向のオープンモデルが極端に少ないことを思うと、やはり「特別中の特別なクルマ」に乗っているという感慨も湧いてくるだろう。
20世紀初頭「シルヴァーゴースト」の時代からR-Rの伝統とされてきた黒いスイッチ盤に小さなエンジンキーを刺してひねると、非常に短いクランキングのあとにアルミ軽合金製V8エンジンに火が入る。
そして、オーケストラの指揮者が持つタクトのようにか細いコラム式のATセレクターをDレンジに入れ、スロットルをゆっくり踏み込むと、「ルルルルル……」という心地よいハミングとともに、2tを大きく超える巨体を感じる間もなく発進する。
そしてたとえスピードが上がっても、V8エンジンが必要以上に声を荒げることはなく、徹底的にスムーズでエレガント、しかも力強く加速してゆく。また旧式な4速ATの変速もこの時代のものとしてはスムーズなことも相まって、現代の東京都内、あるいは高速道路でも流れを充分にリードできる速さも体感させてくれる。
この力強い動力性能に対して、ハンドリングについては語るべきジャンルのクルマではないのかもしれない。だが、エボナイト製の細い大径ステアリングホイールを下から奉げ持つように軽く握り、市街地や景勝地などを「流す」ように走る愉悦は、いわゆるスポーツドライブとは対極にありながらも、とても魅力的なものであることには変わりない。
この日は撮影のため、東京上野・根津近辺の狭い市街地の一般道をぐるぐると走り回ったのだが、視点の高いアップライトのポジションと、この巨体からは信じがたいくらいに小回りが利くことから、まったくと言ってよいほどにストレスフリーである。
R-Rシルヴァークラウド/ベントレーSタイプではしばしば遭遇する、GM製ATのシフトショックやパワーステアリングのギクシャク感も、よく整備されたこの個体では皆無。とても心地よく、市街地走行が楽しめる。
じつはこのシルヴァークラウドIII DHCは、「M&K WAKUI」の「M」のほう。同社の共同経営者でもある、涌井清春氏の奥さまがプライベートカーとして愛用されているクルマなのだが、比較的小柄な女性ドライバーが東京都内で乗るにも、さほど痛痒を感じさせることはなく非常に乗りやすいとのことである。そして今回のショートドライブでは、その感想が正しいことを実感させられたのだ。
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なぜかわが国では「ロールス・ロイス=ショーファードリヴン向けのクルマ」と思いこまれてしまっているようだが、もともとロールス・ロイスといえば20世紀初頭のシルヴァーゴーストの時代から、コーチビルダーが架装するボディの大半がオーナードライバー向け。むしろ、歴代ファントムのリムジン(あるいはセダンカ・ド・ヴィル)ボディ架装車両のみが、ショーファードリヴン向けに特化したものだったとも考えられる。
ひるがえって「1960年代における世界でもっともゴージャスなコンバーチブル」ともいうべき、こちらのシルヴァークラウドIII マリナー・パークウォード製DHCを自ら走らせるという行為は、この上なくパーソナルな愉悦。スピリット・オブ・エクスタシーの後ろ姿を前方にとらえつつ味わう、最高のドライブ体験と断言してしまいたいのである。
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