コルベット用V8を搭載したイタリア式グラントゥリズモ
クラシックカー/コレクターズカーのオークションハウスとしては最大手と目されるRMサザビーズ北米本社がアリゾナ州フェニックス市内で開催する「ARIZONA」は、規模・内容ともに、1月のアリゾナで大挙して行われるオークション群の中でも、最上級のものとして知られています。今回は2024年版の出品車両から、1960年代に隆盛を極めたアメリカ製の心臓を持つハイブリッド、アメリカ+イタリア混血グラントゥリズモの典型例であるイゾ「グリフォGL」をピックアップ。そのモデル概要とオークションレビューをお届けします。
ビッザリーニとジウジアーロのWネームで生み出されたグラントゥリズモ
1950-70年代の偉大なイタリア製グラントゥリズモのいくつかは、高級車生産とは畑違いの母体から生まれた事例も見られたが、なかでも元来は家電メーカーに端を発し、のちにマイクロカーの「イゼッタ」も開発・生産した会社から発展した「ISO(イゾ)」の起源は、かなり変わり種だったといえよう。
イゾ社は1939年から、電気冷蔵庫などの家庭用・業務用電化製品の生産を開始。第二次大戦後は二輪スクーターを生産・販売したのち、1952年にはBMWなどでもライセンス生産されることになるマイクロカーの「イゼッタ」を送り出した。
しかし、創業者であるレンツォ・リヴォルタは優秀なエンジニアであるとともに、この時代からイタリアで台頭していた高性能車にもエンスージアスト的見地から興味を抱き、自らの理想とするグラントゥリズモを開発することにした。
そこでリヴォルタは、フェラーリ「250GTO」の開発者としても知られるジオット・ビッザリーニ技師を登用する。ビッザリーニは1961年末に発生した「マラネッロ宮廷クーデター」でフェラーリを離れ、コンサルタントとしてランボルギーニなどにも深く関与していたものの、あくまでフリーランスのコンサルタント。彼の才気を得たイゾは、カロッツェリア・ベルトーネの協力もとりつけ、1962年に初の自社製4シーターGT「リヴォルタIR300」をデビューさせるに至った。
そして1963年のトリノ・ショーにて、まずは「イゾ グリフォA3/L」と名づけられた試作車として登場したのが、のちの「グリフォGL」。リヴォルタIR300よりもホイールベースを短縮したシャシーに、IR300と同じく、若き日のジョルジェット・ジウジアーロの手によるスタイリッシュな2座席ボディを与えられたスーパースポーツである。
また、同じ1963年トリノ・ショーではビッザリーニ主導のレーシングスポーツ「グリフォA3C」も発表。のちに試験的ながらレースデビューも果たす。
A3Lのパワーユニットは、IR300と同じくシボレー・コルベット用の327キュービックインチ(5.3L)のスモールブロックV型8気筒OHV。「Hi-Po」と呼ばれる350psスペックの高性能版が標準指定され、当時の市販車としては世界最速の部類に入る140マイル超の最高速度を実現していた。
ところがこの発表ののち、「グリフォ」という車名の使用権と、レース活動への関与をめぐってビッザリーニとリヴォルタは対立。パートナーシップは破綻してしまう。
それでも、イゾ「グリフォGL」のネーミングのもと1965 年のフランクフルト・ショーにて生産型を正式デビューさせたかたわら、たもとを分けたビッザリーニもA3Cを自らの名をブランドとして少量製作することになった。
映画出演歴もあるグリフォGL
イゾ グリフォGLでは、のちにシボレー390(5.8L)や427ビッグブロックV8を搭載した「7 Litri(セッテリトリ)」も追加されるが、今回の「ARIZONA 2024」オークション出品車は、生産台数では330台に達し、一連のグリフォのなかでは多数派を占めるとされているシリーズ1の1台である。
シェヴィ「Hi-Po」スペックの327V8エンジンに「ボルグ・ワーナー」社製4速マニュアルトランスミッション、ファイナルギヤ比3.07:1のリアアクスルの組み合わせ。純正エアコンディショナーやZF製クイックレシオ・ステアリングを選択し、1967年3月21日の完成後、イタリア国内の初代オーナーに引き渡されたとされている。
イゾ グリフォに関する登録資料によると、この個体は1973年に公開されたイタリアのクリミナルサスペンス映画「Milano Trema/La Polizia Vuole Giustizia(英語版タイトル:The Violent Professionals)」の主要シーンで印象的に登場したクルマそのもので、2000年から2013年にかけてオランダで登録されていたことも判明している。
そして、2017年にニューヨーク在住のスチュワート・パー氏が入手したのち、オリジナルのドライブトレーンをリビルドし、オリジナルのカラーリバリーを継承した内外装のレストアを敢行。さらに2021年に、現オーナーの手にわたることになったという。
このグリフォGLには前述の装備のほか、パワーステアリングやパワーブレーキ、運転席側のサイドミラーが装備されている。インテリアは、ブラックレザーでトリミングされたバケットシートとコンソール、木目調のダッシュボードにイタリアンGTの定番である「ヴェリア・ボレッティ」社製メーター、時計とAMラジオを備え、フルサイズのスペアタイヤがトランクに収納されている。
また現在のオーナーは、さらなるメカニカルパートの整備に約2万4000ドルを投資したと伝えられている。
イゾ グリフォGLはイタリア製グラントゥリズモの伝統と、アメリカンV8の逞しいパワー、キャリア最初期のジウジアーロの傑作と称される官能的なデザイン、そして素晴らしいパフォーマンスを兼ね備えた、隠れた傑作車といえる。また、整備やメンテナンスが容易なアメリカ製パワートレインという、実用的な魅力も加わっている。
RMサザビーズ北米本社の作成した公式オークションWEBカタログでは、「この時代のもっとも美しく、力強く、使い勝手の良いスーパースポーツのひとつ」と謳いつつ、30万ドル~37万5000ドルのエスティメート(推定落札価格)を設定した。
そして実際の競売では、ぶじエスティメートに届く32万4000ドル。つまり日本円に換算すれば、約4800万円で落札されることになった。この落札価格は、現在のグリフォGLとしては標準的か、やや安価ともいえる。
それでも1980-90年代に日本国内の中古車ショップで、この10分の1以下のプライスボードをつけても長期在庫としてくすぶっていた時代を思えば、まさしく隔世の感と思われるのだ。