ベントレーの「美」を求めて小田原へ
AMWがベントレーで訪ねる「美」と「食」を巡る旅。「熱海パールスターホテル」で地元の海産物と自家源泉の温泉で身体をしっかりと整えた翌日に向かったのは、「小田原文化財団 江之浦測候所」でした。現代美術家である杉本博司氏の美意識が凝縮した江之浦測候所とベントレーに通じるものとは何だったのでしょうか。
願いが叶うならリアシートに身を沈めたいベンテイガ EWB
投宿した翌日の朝、車寄せに止めたベンテイガ EWBがホテルラウンジから窓越しに映った。どうも毎回のように眺めてしまうのだが、あらためて感じたことは、世にあるどんなSUVよりもエレガントさが際立つSUVであることだ。力強くも柔らかなデザイン、磨きこまれた上質な塗装やクロームパーツのあしらい方……、さまざまなこだわりと技が奏でるクラシックでモダンなプロポーションは上品で美しい。
それにスタンダードモデルの2995mmから3175mmとホイールべースを180mm延長したことで、リアのドアも窓も一回り大きくなっているのだが、流れるようにボディ側面を走る彫刻的なストリームラインと前方から後方へとつながる一連の窓の長さのせいだろうか、スタンダードモデルよりもスマートでスポーティな印象をも感じてしまう。
それでも昨今のスーパーなSUVからすれば主張はかなり控え目だ。しかし、この慎ましやかな佇まい、そのなかに漂う優美さや上品さこそがベントレーの魅力。派手で目立つデザインを避け、気品さを重んじるクワイエット・ラグジュアリーが富裕層の間で人気だが、まさにそんなシーンに相応しいクルマこそが、ベントレーかもしれない、と思うのだった。
チェックアウトを終え、1泊分の着替えを入れたトートバッグを積もうと後席のドア開けた時、一瞬その手を止めてしまった。後席は2座+1のレイアウトで「姿勢調整システム」といった機能満載のオプション「エアラインスペシフィケーション」仕様である。まさに豪華なリムジンそのもの。なんだか荷物を放り込むだけでは惜しい空間に思えてきたのだ。ショーファーをつけて自身が後部座席に乗る衝動に駆られた瞬間だった。
そもそも贅沢なレザーにシートに身を沈めながらフットレストに足を載せて、優雅に次なる目的地へ行くのも大いにアリなモデルである。「誰ぞ、運転してもらえないか?」と心の中で思ったのだった。
だがベントレーは、かつて一時期同門であったロールス・ロイスとは異なり、ドライバーズカーというのが本質のクルマだ。もっといえば1919年の創業当時からレース活動を行い、インディアナポリスやル・マンで数々の勝利を手にしてきたヒストリーを持つ、レーシングなDNAをずっと大切にしてきたブランドでもある。いくらベンテイガ EWBが次世代を担うリムジン的なモデルとして登場したとはいえ、自らハンドルを握る楽しみがあるはず……。
次なる目的地は、世界的な現代美術家である杉本博司氏が手がけた芸術文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所(以下江之浦測候所)」だ。場所は湯河原と小田原の間、みかんやゆずの産地で知られる根府川にある。絶景の湯と伊豆の味覚を楽しんだ「熱海パールスターホテル」からは、海岸線を通ればほとんど30分もかからない距離だ。前日とは天気がすこし様変わりして海辺は雲行きが怪しくなってきてはいたが、時間はある。ドライバーズカーとしての楽しさを確かめたくなって、ハンドルを山中へと逆方向にきり、伊豆スカイラインと椿ラインを経由して、根府川へとアプローチすることにした。
優雅さの中に見え隠れするスポーティな香り
ベンテイガ EWBの全長は5305mm、車重は2514kgだ。最高出力550ps(404kW)、最大トルク770Nm(78.6kgfm)を発生する4L V8DOHCツインターボエンジンにフルタイム4WDという仕様である。スペック上からはパワーはあってもヒラヒラとワインディングを走るような車には到底思えないし、EWBになって直進性はさらに優れていることは実感してはいるが、スタンダードのベンテイガよりもコーナーが連続するワインディングは少しだけ苦手かもしれない、と思っていた。
ところが、伊豆スカイラインに向けて急峻なワインディングを駆け上って驚いた。想像以上によく曲がる。熱海の町中では少し重めに感じていた操舵感もペースが上がれば実に軽やか。タイトなコーナーが続く道も、詰まることなくスムーズに切り返していく。
これはベンテイガ EWBに装備される4WS(四輪操舵システム)の効果が大きいようだ。ちなみに最小回転半径は5.9mでスタンダードのベンテイガよりも短く、取り回しに優れている。そのおかげに加え、電気制御式のアンチロールシステム「ベントレーダイナミックライド」やサスペンションなど、足回りの動きを高度に制御するチューンが施されていることも大きいのだろう、非常にコーナリングが安定していることにも大変感心した。
タイトなワインディングを駆け上り、ゆる目のカーブも多い伊豆スカイライン方面に入って、ダイヤルのモードをB(ベントレー)モードからスポーツへとスイッチ。小気味よく軽快に反応する8速ATのシフトチェンジとブロロロっと奏でるサウンドを楽しみながら玄岳あたりや十国峠を軸に何度か走ったが、ゆるやかに運転しているつもりでもなかなかのペースで走っていく。
途中、同じように尾根沿いを行き来していたと思われる濃紺の991後期ターボと2度も遭遇し、意図せずしてランデブーを楽しむことになったのだが、なんとベンテイガEWBはストレスなくついていけるのだった。空間が広くなった分、剛性に柔さがあるかと思えばそれも皆無。剛性は高く、22インチ40サイズという超扁平タイヤは音を上げること知らず。思った通りにトレースしてくれるスポーツ性の高い操安性がしっかりとある。目を三角にして走っているわけでもなく、適正な距離を置き、もちろん相手を煽るような殊さらベントレーにあるまじき行為はしてはいないが、ポルシェオーナーは、え? と思ったはずである(そう願いたい、笑)。
その後「江之浦測候所」に向かうべく、大観山から椿ラインへとハンドルを切った。直線区間もあれば変化豊かなコーナーが続くこともあって、バイク乗りにとって名物ルートのひとつだ。見渡すとどうも海辺は雲に覆われており山腹あたりは雨の様だった。気を付けながら下り始めたが、次第に雨が降り始め、路面もすっかり濡れていた。が、ベンテイガEWBはそんなことも気にするな、といわんばかりの安定した走りを見せる。
ここでは、フロント8ポットの巨大なブレーキの効きとコントロール性の高さ、そしてやはりレスポンスのいいエンジンとそれにマッチする8速ATがもたらす滑らかな走りに感動せずにはいられなかった。
大切な家族や仲間、あるいはゲストに対してもラグジュアリーな空間でもてなすリムジン的SUVでありながら、高い安定感とスポーティさに溢れた走りっぷりに、優雅な後部座席に座りたいという気持ちはすっかり消え失せていた。
自然とアートがプリミティブな体験をもたらす
今回の目的地となった「江之浦測候所」は、相模湾を一望する根府川の柑橘畑を利用した芸術文化施設だ。設計は世界的な現代美術家として知られる杉本博司氏によるもの。約1万平方メートルにおよぶという広大な敷地に、杉本氏の代表作のひとつ「海景」を収めたギャラリー棟、野外の石舞台や茶室などが点在し、アート作品のみならず海と緑が織りなす自然豊かな景観でも人々を魅了する施設だ。
施設のテーマは「人類とアートの起源」とされ、解説によれば「人類が死や再生を意識しはじめたのは太陽の軌道変化にあるかもしれない」という杉本氏の視点から、冬至や夏至の光を建物に取り込んでいことが大きな特徴で、「測候所」という名称は「世界や宇宙と自分との距離を測る場」という意味を持っているという。加えて、この自然豊かな場所はアートを鑑賞するだけでなく、自然の移ろいを感じ、古代の感覚を体験する場にもなっているという。
その感覚はベンテイガ EWBを駐車場に止め、施設への入り口へと向かう小径に入った時から感じることができた。小径の両脇はうっそうとした樹々に覆われ、雨を和らげてくれている。その樹々は光沢のある緑の葉を蓄えた榊(さかき)のようだった。そこで個人的にふと思い起こされた場所が紀伊半島に広がる熊野古道である。照葉樹の樹々の間をやわらかな海の風が吹き抜ける感覚や自然豊かな道ながらどこか人の手が入り、太古の昔から人々の歩みが連綿と続いていることを感じる道だ。それとよく似た場所だった。柚子やミカン畑や竹林の間など「江之浦測候所」にはそんな小径が沢山あった。そこには古から伝わる石仏や石塔、そしてアート作品の数々が配されている。⼩径を歩いているだけで感じる景⾊の変化や佇むアートや草花の姿に、思わずハッとして⾜を⽌めることが多かった。
そして時折開ける明るい場所から望む海原。どこか気分がすっと晴れやかに変化するのだった。聞けばこの地は太陽が昇る東の方角に面していて、多くの建物や場所が日の出を拝めるように設計されているという。この日はあいにくの雨だったが、だからきっと、季節で太陽の高度は違えど晴れた日の午前などは、燦々と降り注ぐ陽光の下、キラキラとした海と輝く樹々が織りなす絶景を堪能できるだろう。だが、果たしてその時、何を感じ、何を想うのか? 人それぞれだが、筆者はこの時、この小田原のある相模国でずっと根を下ろしてきたご先祖様に想いを馳せていたのだった。
雨の日はまた格別の味わい。石の芸術が織りなす幽玄の世界へ
歩き回って感じたことは石の芸術施設とでも形容したくなるほど、石(石材)に溢れていることだ。それがただの石ではない。例えば、道々には鎌倉時代の石仏や江戸時代の道標が置かれ、庭園には「法隆寺 若草伽藍礎石」や「京都五条大橋礎石」など、ただならぬ石が鎮座している。時代もさまざまで、なんと茶室に中世以前の古い様式の石造鳥居や古墳時代の石棺蓋石を使った踏込石がある。いたるところに大変貴重な石材が使われ、展示されているのだ。その多くが杉本氏が何年もかけて収集してきたものだという。
それに大きな作品のひとつ「夏至光遥拝(げしこうようはい)100メートルギャラリー」は、夏至の朝に海から昇る朝日が建物内を満たされるユニークな建物で、建築的にも要注目のギャラリーだが、ここの構造壁は大谷石で組まれている。もうひとつ、ギャラリーと交差するように作られた、「冬至光遥拝隧道(とうじこうようはいずいどう)」は、冬至の軸線に合わせた70mの鉄製のトンネルで冬至の日になると朝日が鉄のトンネルを貫き、トンネルの先にある円形石舞台に置かれた巨石を照らす壮大なアート作品なのだが、その円形石舞台は京都市電に使われていた敷石と大名屋敷の灯篭の伽藍石を組み合わせたもので、その周囲を江戸城の石垣ために切削された巨石が覆う。
自然の一部である石、しかも由緒ある石材を素材に使い、それに息吹を与え、新たな価値を生み出す杉本さんのアートワークは本当に素晴らしい。見方によっては遊び心にも溢れている。もちろん石ばかりではく、施設はさまざまな日本の建築様式や伝統的な工法を用い、時代時代の特徴を各所で活かすなど、建築やデザイン面でも見応えがたっぷりの施設である。ここは稀代の芸術家杉本氏の審美性を感じとることができる場所でもあるのだ。
残念ながらこの日は雨だったが、数奇な運命を辿ってここにきた室町時代の明月門をくぐり、あらためて施設を振り返ると、霧雨が辺りを覆っていた。相模湾を望む絶景は惜しくも見れなかったが、これを幽玄というのだろうか、霧が包む世界は美しかった。それに石の表情が豊かに感じられたのは、雨のおかげだったのかもしれない。スタッフの方は「杉本さんも雨の日の雰囲気がお好きなんですよ」とおっしゃっていた。入場は予約制のため狙ってはなかなか行けないが、しとやかな雨の日は案外、狙い目なのかもしれない。
「江之浦測候所」を後にして思ったのは、ベントレーというブランドもまた、ここにあるアート作品にも通じる審美的なアプローチでクルマを生み出している、ということだ。ただのパネルだがKoaやCrown Cut Walnutといった貴重な素材を使い、たかがスイッチといってもダイヤモンドナーリングが施される。素材を丁寧に吟味し、長い歴史の中で培ってきた伝統的な技法やヘリテイジを大切にしながら、現代的な技術や思考で新しい価値を創造しているのだ。走行性能はもちろんだが、知って、触れてはじめてわかる深い味わいがベントレーにはある。そう思うと、またしてもベンテイガEWBを眺めたくなってきたのだった。
●Information
■ベントレー ベンテイガ EWB アズール
車両価格:3231万8000円
全長×全幅×全高(本国):5305×1998×1739mm
エンジン:V型8気筒ツインターボ
排気量:3996cc
最高出力:550ps/5750-6000rpm
最大トルク:770Nm/2000-4500rpm
0-100km/h加速:4.5秒
最高速度:290km/h■小田原文化財団 江之浦測候所
所在地:神奈川県小田原市江之浦362番地1
TEL:0465-42-9170(代表)
URL:https://www.odawara-af.com/ja/enoura/