六本木の空は鉛色。雨雲な「ベンテイガ」にぴったり
AMW編集長西山が話題の業界スポットを訪れ、ここから始まる新たなストーリーに想いを巡らせる「編集長コラム」。今回は日本10台限定ベンテイガのお披露目に合わせて開催されたイベントのために六本木ヒルズカフェ/スペースを訪問してきました。
ベントレーの軍艦色は「ニンバス」で
2月とは思えない春の陽気が続いていたのだけれども、その日は朝から雨模様。そして気温も一気に下がって、2月らしく吐く息も白い。どんよりと鼠色の雲が空を覆っている昼下がり、六本木ヒルズカフェ/スペースを訪れた。
ドアを開けて中に入ると、本日の主役である日本10台限定の「ベンテイガ アズール ニンバス コレクション」が佇んでいた。「ニンバス」とはラテン語で「雨雲」を指す。雨雲を想起させる鼠色のボディカラーをニンバスに見立てているらしい。ネーミングはとても重要で、いかにも雨の多い英国ならではの名付け方といえる。
いま、スポーツカーやカスタムの世界では、いわゆる軍艦色がちょっとしたブームだ。ブラックのホイールを合わせ、モールなどもブラックアウトして、軍用っぽい(空軍や海軍)タフなイメージとなる。
ベントレーの限定車も、そうした路線を狙っているのかもしれないが、英国の特徴的な天候を想起させる車名にすることで、世俗の流行とは一線を画した上品なイメージを維持しているのは、ブランド力のなせる技だろう。
ビスポークという共通点
さて、今回の縁起モノはボディカラーの名称ではない。ニンバスの展示に際してコラボしていた「ハクイキシロイ」氏の作品である。
数年前にMacBookやiPhoneなどにハクイキシロイ氏の作品『あのステッカー』を「貼る」という行為が注目を集めたことがある。初めて聞いたという人のために簡単にどのような作品なのか、私の知る範囲で説明しておこう。
最初に氏の作品を見た時の印象はアクションペインティングのようでもあり、計算され尽くしたというよりも即興性による偶然性で成立しているというものであった。その意味では、作家の行為そのもの、もしくは素材となる絵の具(アクリル樹脂)が混じり合う一瞬を永遠に定着させているようにも受け取れる。まだアクリルが固まっておらず、垂れてしまいそうなシズル感など、たったいま、作家が絵の具を「垂らした」ばかりのようだ。(注:制作過程を見たわけではないので、「垂らした」という表現はあくまでも推測)
それを作者ではなくコレクター……というか購入者が自らカッターでカットし、購入。カットした作品は粘着剤(アクリル系強粘再剥離タイプ)が裏面に貼り付けてあるので、ステッカーとしてMacBookなどをはじめ購入者が任意の場所に貼るという行為を遂行したところで作品としての完成に至る。作品名はカットした作品のグラム数とのこと(この場合、グラム売なのである。プリカットして販売している場合もあるようだ)。
こうしたアートを量り売りするという着眼点、アートを身近なものへと結びつけ、より人の目に触れやすくするという公共性などが目新しく、いろいろなところとコラボしてさらに作品を増殖させている、という段階が現在であろう。
アクションペインティングでも、ジャクソン・ポロックや白髪一雄と違い、人の心に突き刺さるようなショッキングなものでなはなく、どちらかといえば穏やかなやさしいテイストがコラボされる理由なのではないかと感じている。
……といった、極めて個人的な印象はともかく、ハクイキシロイ氏の作品は、空気や水、自然を感じさせるものがあるため、「ニンバス(雲)」というお題にちょうどぴったりイメージが重なったということも今回のコラボに繋がったのかもしれない。
しかし、さらにもう一歩踏み込んで両者の共通項を探ると、「一点モノ」というところにある。
ベントレーには豊富なオプションが用意されており、カタログにあるボディカラーの多さはもとより、任意のカラーをオーダーすることもできる。たとえば、ハクイキシロイ氏の作品から気に入った部分の色でボディカラーを調色してもらうことだって可能だ。
また、最近でこそカーボンやペイントが主流となりつつあるインパネのフェイシアだが、以前から天然木の木目を何かに見立てて仕立てるということも行なってきた。これこそこの世に二つとない唯一無二のフェイシア──自分だけのベントレーということになる。
ハクイキシロイ氏の作品は、シルクスクリーンや写真とは違って、再現性不可の一点モノである上に、さらにそれを購入する人が自分でカットして──つまり自分で選び取るというビスポークしたこの世に一点だけのステッカーになるのである。
ステッカーという大量生産品を、世界にたった一つだけの作品に昇華させる点にハクイキシロイ氏の作家性があると個人的には考えているが、これはベントレーとて同じ。自動車という工業製品を、世界に1台だけのビスポークにマリナーの職人たちが仕立てるのである。それはもう自動車という移動の道具ではなく、アートにまで昇華していると言っていいくらいの。
……と、真昼からクルマで会場に訪れていないことをいいことに、振舞われたTELMONTを試飲しながら考えていたのであった。そしてこのシャンパンも、伝統的な製法を職人によって受け継がれる少量生産のサステナブルなものなのであった。