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初の新車となるV12フェラーリに感動!「デイトナ」の陰に隠れた「365GTC/4 」は関西へ納車された半年後にクラッシュしてしまいました【クルマ昔噺】

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TEXT: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  PHOTO: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)

  • 新車として入庫したフェラーリ365GTC/4
  • シャシーは365GTB/4デイトナと一緒だ
  • ロングノーズショートデッキというスポーツカーの代名詞と言えるスタイリングを持つ
  • デザインはピニンファリーナ、ボディはスカリエッティが担当した
  • 新車として入庫したフェラーリ365GTC/4

当時はインテリアのモダンさに驚いた!

モータージャーナリストの中村孝仁氏が綴る昔話を今に伝える連載。スーパーカーブームが訪れる前の1974年頃に新車で入庫した1台のV12フェラーリのサウンドは「最良のフェラーリ」とすら思えたようです。第19回目は、新車で入庫したフェラーリ「365GTC/4」を振り返ってもらいました。

僕らが知っているフェラーリとは完全に一線を画していた

スーパーカーブームが日本を襲ったのは1976年のことだと思う。残念ながらそのとき僕は日本におらず、良い機会をみすみす逃した。しかし、どこにいたかというと当時の西ドイツにいたのでいわゆるスーパーカーを日常的に見ることができる環境にいたと言っても過言ではなかった。だから、今のようにメディアにコネがあれば、ドイツから大量に写真を送ることができたのだが、残念ながら当時は学生の身分でそれは叶わなかった。

そもそもそれ以前にスーパーカーなどという言葉は存在しなかったのだが、その種のクルマを専門に扱う会社でバイトを始めたのが、ブームが来る2年ほど前のことだった。あまり大きな声では言えないが、当時何が楽しみだったかと言って、まずはそのスーパーカーに乗れるということ。次に営業マンとともに夜な夜な新宿・青山・六本木界隈を超の付くスーパーカーで徘徊することだった。

この会社で初めて完全な新車として入庫したフェラーリが「365GTC/4」だった。それ以前、フェラーリは「365GT2+2」が唯一の12気筒フェラーリ。芝浦にあった工場に行くと気になる「250GTカリフォルニアスパイダー」(ロングホイールベース)はあったものの、それは長期不動車で、それ以外となると単発では乗れても会社の在庫という存在ではなかったため、滅多なことではそうやたらとフェラーリに乗るチャンスはなかった(とはいってもかなり乗ったけど)。しかしながら、そう書くこと自体、人が聞いたら実にうらやましい環境である。何せ、日常的にフェラーリの12気筒を乗りまわせる環境だったのだから……。

さて、そのGTC/4、新車ということもあるが少なくとも僕らが知っているフェラーリとは完全に一線を画していた。当時は「365GTB/4デイトナ」の陰に隠れ、安物感漂うモデルでしかなかったが、そのサウンドは僕としては最良のフェラーリと、当時は思えた。

理由は他のフェラーリがすべてダウンドラフトキャブレターの12気筒エンジンを持っていたのに対し、このクルマは何故かサイドドラフトだったからである。だから、エンジンの搭載位置も低く、スタイルが良かった。そのサウンドは低く押し殺したようなもので、メーターの針が踊るようなダウンドラフト系の12気筒サウンドとは全く異質で、当時はこのサイドドラフトのGTC/4の方がスポーツカー的だったと思った。

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