ジャガーとTWRの作ったコンプリートチューンドカー
「レトロモビル」は、フランスの首都パリにて毎年2月に行われるクラシックカー・トレードショーの世界最高峰。そして開催期間中には付随するかたちで、複数の国際格式オークションがパリ周辺にて開催される。なかでも規模・内容ともにもっとも本格的といわれているのが、クラシック/コレクターズカー・オークション業界最大手のRMサザビーズ欧州本社が開催する「PARIS」オークション。2024年も、レトロモビルに訪れる目の肥えたエンスージアストを対象とした、レアなクルマたちが数多く出品されたようだが、今回はジャガーとトム・ウォーキンショウ・レーシングのコラボで開発されたコンプリート・チューニングカー「ジャガーXJR-S」のモデル概要と、注目のオークション結果についてお伝えします。
ジャガーとTWRが初めてコラボした市販車とは?
ジャガー・カーズ首脳陣は、スポーツカーの歴史的名作「Eタイプ」に代わる「XJ-S」を瀟洒で贅沢なグランドツアラーとして設計していた。しかし、のちにジャガー名義でF1GPにも挑戦することになるトム・ウォーキンショウは、XJ-Sを単なるゴージャスなクーペとは思っていなかったようだ。
FIA「グループA」時代の創成期の1982~84年シーズン、ウォーキンショウは自身のイニシャルを冠した「TWR(Tom Walkinshaw Racing)」がレース用に仕立てたXJ-Sで「ヨーロッパツーリングカー選手権(ETCC)」に挑戦。1984年シーズンには自らドライバーズチャンピオンシップを獲得したほか、この年の「スパ24時間レース」でも優勝するなど、XJ-Sという豪奢なクーペのパフォーマンスを最大限に引き出してみせた。
そして1988年、TWRとジャガーの合弁会社「ジャガー・スポーツ」社から、XJ-Sの高性能バージョンである「XJR-S」が発表されることになる。
XJR-Sは、空力効率を高めるボディキット、専用デザインの16インチアロイホイール、より締め上げられたコイルスプリングとビルシュタインショックアブソーバーを採用した専用設計のサスペンションを装着し、ステアリングホイールやバケットシートも専用とする。また、強化された足まわりとエアロパーツおよびアロイホイールで武装した特別モデルであった。
当初はスタンダードXJ-Sと同じく、V12エンジンは5343ccのままザイテックのシーケンシャルインジェクションや圧縮比アップによってチューンを高めたとされるが、翌年には5992ccまで拡大し、318psのパワーと48.5kgmのトルクを獲得。トランスミッションはGM製3速ATを組み合わせ、最高速度は255km/hに達すると謳われた。
さらに1991年からXJ-Sに大規模なマイナーチェンジが施され、「XJS」へと名を変えると、翌年にはXJR-Sも1993年モデルとしてリニューアル。エンジンは5992ccのままながら最高出力328ps、最大トルク49.3kgmにスープアップ。タイヤも245/55ZR16に大径化されている。
しかし1994年モデル以降は、すべての12気筒版XJSが6.0Lにスケールアップされたこと。あるいはTWRがアストンマーティンDB7の生産準備に入ったこともあって、前期・後期合わせてわずか837台を製造した段階で、XJR-S 6.0の生産は終幕となった。
このモデルとしてはハイエンドの660万円で落札
このほどRMサザビーズ欧州本社が開催した「PARIS 2024」オークションでは、「The Timeless Collection(タイムレス・コレクション)」と銘打ったコレクターから、主に第二次世界大戦前の至宝のごときクラシックカーが出品されたが、このジャガーXJR-S 6.0は同コレクションから競売に供される、唯一の戦後生産モデルとなった。
この個体は、もともとベルギーのジャガー・カーズ代理店のオーダーに応えて製作されたことから、スピードメーター/オドメーターは「mph(マイル)」ではなく「km/h」表示。ステアリング位置は、ヨーロッパ大陸の法規に合わせたLHD(左ハンドル)とされている。
1992年1月13日に工場から出荷されたXJR-S 6.0は、「ブラックチェリー」と名づけられた、黒に近いダークレッドのボディカラーに、同系色の「チェリーレッド」のコノリー社製レザーインテリアを組み合わせて仕上げられた。
2012年8月に「タイムレス・コレクション」にくわえられたのち、オークション公式WEBカタログの作成時点でオドメーターは9万1826kmを示しており、ジャガー社発行のドキュメントやマニュアルなどを収めたファイルを付属しての販売となった。
そして、オークショネアであるRMサザビーズ欧州本社では、出品者側との協議のもと「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」で行うことを決定。エスティメート(推定落札価格)は2万ユーロ~3万ユーロというリーズナブルなものとした。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは、比較的安価な出品ロットに適用されることが多い。たとえ出品者の意に沿わない安値であっても落札されてしまうという不可避的なリスクはあるものの、金額の多寡を問わず確実に落札されることから、買い手の購買意欲が進むというメリットもある。
そして1月31日、パリ・ルーヴル宮の「サル・デュ・カルーゼル」を会場として行われた競売では順当にビッドが進み、終わってみればエスティメート上限を1万ユーロ以上も上まわる4万250ユーロ、日本円に換算すれば約660万円で落札に至ったのだ。
ここ数年で、ベースモデルとなるジャガーXJ-Sのマーケット相場価格もじりじりと上昇してきている状況を鑑みたとしても、今回の落札価格は近年のXJR-S 6.0としてはハイエンドにも近いもの。個体のコンディションの良さが認められたということなのであろう。