今後の脱EVシフトの行方とは
日本でもなかなか普及が進まない電気自動車(EV)ですが、世界的にみてもその販売は鈍化がみられています。そこで脱EVシフトの流れが注目されはじめていますが、実際のところはどうなのでしょうか。解説していきます。
エンジン車の時代が続くことはない?
世界的な電気自動車(EV)販売の鈍化がみえ、踊り場的な様相から、脱エンジンの方向性が見直されるのではないかとの見解がある。しかし、それは誤りだ。
EVメーカーを目指すドイツのメルセデス・ベンツが、プラグインハイブリッド(PHEV)の販売を2030年以降も継続するとの報道があり、取り沙汰された。しかし、2023年8月に来日したメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウス会長は、記者会見で「乗用車の将来はEVにある」と断言したうえで、「当面は、PHEVの販売を補完的に行う」とも述べているのである。
同時に、マルチパスウェイ(複数の経路)に対するコメントを求められたのに対し、「水素や合成燃料の道もあるのかもしれないが、乗用車に適しているのはEV」と明言した。また、BYDなどを視野に、新興勢力への対応を聞かれると、「われわれは価格競争に組み込まれるつもりはなく、ブランドと技術で世界の最先端であることを目指す」と答えたのであった。
したがって、メルセデス・ベンツがたとえ新しいエンジン開発を行うとしても、それは高効率な発電用エンジンと解釈すべきで、エンジン車の時代が続くことではない。
高級車や上級車種に限られていたEV
EV販売が踊り場的状況にある背景は、欧州が、上級車種を先にEV化してきたからといえる。大多数の消費者にとって手ごろで身近なEV開発が遅れた。理由は、バッテリー原価の高さが取り沙汰されるが、そればかりではない。
欧州は、二酸化炭素(CO2)排出量規制で95g/kmを達成しなければならない現状がある。それを満たすには、燃費の悪い高級車や大柄で重いSUVなどを先にEV化しなければならない。そうしなければ課徴金が科せられ、採算が合わなくなる。ことに、プレミアムブランドと称するメーカーは、その傾向が強い。
とはいえ、高級車や大柄な上級車種を購入できる消費者の数は限られる。そこで、EV販売は一時的に鈍化するのだ。
この先、たとえば日本の日産「サクラ」や三菱「eKクロスEV」のような250万円くらいで買えるEVが数多く出まわるようになれば、一気にEV化する可能性がある。また、EVを一度体験すれば、快適で壮快、小型車でも上質な走りを得られることに気づき、急速に広がるだろう。
ドイツの特殊な事情
そうしたなか、ドイツの苦しさは、速度無制限のアウトバーンを持つことだ。空気抵抗は、速度の2乗に比例して大きくなる。時速100kmの2倍の時速200kmで走れば、空気抵抗は4倍になる。時速80kmから100kmへ上げただけでも、空気抵抗は50%も増えるのだ。これでは、いくら大容量のバッテリーを車載しても、一充電走行距離は限られる。そこで、メルセデス・ベンツはEVの最高速度を時速180kmにするなどの対策もとっている。
しかしアウトバーンに慣れ親しんだ消費者が、すぐに速度を抑えて走ることに不満を募らせるのは当然だ。対応策として、無暗に高電圧の超急速充電器を整備する話が出ているが、環境問題からすれば本末転倒なのである。
スローライフという言葉に象徴されるように、適切なエネルギー消費で満たされる快適な暮らしの創造が21世紀には求められる。そのきっかけとなるのがEVだ。ここを理解せず、脱二酸化炭素のお題目だけでEVを開発し、販売し、普及させようとしたら失敗する。
CO2排出抑制だけでは済まない時代
100年前に比べ、世界人口は5倍に膨らんだ。それほど多くの人間が幸福に暮らし、生涯を終えるには、程よい快さで満たされる暮らし方の創造が欠かせない。
20世紀に築かれた石油を背景とする既得権を守ろうと、「敵は炭素だ」などの発言も、本末転倒だ。水素も合成燃料もバイオ燃料も、採算が合わない。それらに必要な水や作物などは、飲料や食物と対立する。飲食を断って、燃料を手に入れるというのか。石炭を止めアンモニアを燃やす案も、その燃焼で排出される一酸化二窒素は、CO2の300倍近い温室効果がある。
「敵は炭素」ではなく、「敵は温室効果ガス」というべきだ。その点で、天然ガスと呼ばれるメタンも、CO2の25倍もの温室効果がある。だからこそ、永久凍土が溶け出している現実を軽視できないのである。
CO2排出を抑えればよいという次元をもはや超えた時代にわれわれは生きている。再生可能エネルギーや原子力を最大に活かした電力を背景にEVに乗るか、気候変動による干ばつや水不足を受け入れ餓死を覚悟するか、そういう究極の選択の時代に突入していると自覚すべきだ。すでにアマゾンの大河は渇水しはじめ、パナマ運河は水量の減少で通行しにくくなり、世界の物流に影響を及ぼしはじめている。食料自給率で40%を切る日本は、輸入が止まれば兵糧攻めにあうのである。