やっぱり、マニュアルしか勝たん……?
2024年2月1日のボナムズ「LES GRANDES MARQUES DU MONDE À PARIS」オークションに出品されたフェラーリ412は、フランスの名門フェラーリディーラー「シャルル・ポッツィ」の名を冠した濃紺「ブルー・ポッツィ」に、同系色のダークブルーのレザーインテリアを組み合わせる、とてもエレガントな仕立て。しかしそれ以上に注目すべきは、400AT時代からデフォルトとなっていた3速ATではなく、5速マニュアルのトランスミッションでオーダーされていたことだった。
この個体は、デュッセルドルフに2002年まで存在した伝説的フェラーリ・インポーター「オート・ベッカー(Auto Becker)」社を介して、最初のオーナーである女性政治家、ロスウィータ・フォン・バーグマンに新車として納車された。
「ドイツ自由民主党(FDP)」のメンバーであった彼女は、1962年から1970年までノルトライン・ヴェストファーレン州議会議員を務め、1986年にはドイツのTVドキュメンタリー番組「Ferraristi(フェラリスティ)」に前愛車の400とともに出演するなど、フェラーリ通であると同時にアートコレクションでも知られていた。
フォン・バーグマン夫人は1997年まで412を所有しており、オート・ベッカーの請求書のコピーは、彼女が細心の注意を払って整備スケジュールをこなしていたことを証明している。また、環境への取り組みが重要視され始めていた当時のドイツにあって、政治家である彼女は触媒コンバーターも取り付けさせていたという。
1997年、フォン・バーグマン夫人はフェラーリをフランクフルトの住人に売却したが、その後も当初はオート・ベッカーで、同社の経営破綻後はバイエルンのキルヒゼオンにある「レンツ・モトーレン・テクニーク」で定期的にメインテナンスを受けていたことが判明している。
2007年、この412はドイツの首都ベルリンに住む3人目の登録オーナーへと譲渡された。彼はまた、このクルマをベルリンの「Oldietech GmbH」で定期的に整備していた。
そして4人目のオーナーとなった今回のオークション出品者は、フェラーリを自身の名義で登録することはなかったものの、その所有期間を通じて社内で整備されており、V12エンジンはスムーズに回り、内外装も美しいコンディションが保たれている。
ドイツでの登録書類に、サービス履歴を読み取ることのできるインボイス。オリジナルのスケドーニ社製レザーポーチに入った取り扱いマニュアル、そして「ブラウプンクト・コーブルグ」社製ラジオカセットの取扱説明書などの付属品も、今回のオークション出品に際して添付された。
もっともエレガントなグランツーリスモ・フェラーリに、最高のカラーコンビネーションが施されたこの412は、新車時代から手入れが行き届いていたというセールスポイントも含め、フェラーリ愛好家必見の一台。ボナムズ・オークション社の公式WEBカタログでは、そんなキャッチフレーズとともに、7万ユーロ〜9万ユーロという、昨今の412としてはなかなか自信をうかがわせるエスティメート(推定落札価格)を設定した。
それは、希少なマニュアル車だからこそのことだろうが、実際の競売でも5速MT効果はてきめんだったようで、終わってみれば「Inc. Premium(手数料込)」で9万7750ユーロ。つまり、日本円に換算すれば約1600万円の落札価格で、競売人の掌中の小槌が鳴らされることになった。この価格は、現況におけるフェラーリ412としてはハイエンドに属するものなのである。
ちなみに365GT4 2+2から最終型412に至る、一連のフェラーリ12気筒2+2クーペは、かつて筆者がコーンズ&カンパニー・リミテッドの営業現場に在籍していた時代のオーナーたちから「F40よりも難物では……?」ともいわれていた、かなりのクセモノ。
それでも、日本仕様は3速AT仕様のみのラインアップだったはずなのに、古くからのフェラーリ愛好家であるお得意様の熱心なリクエストに応えるかたちで、筆者の知る限りでは5速MTの正規ディーラー車が3台のみ日本に輸入されていたと聞いている。
古き良きV12をマニュアルで走らせるという至上の愉悦のためには、それなりの対価を支払うことも厭わないエンスージアストは、昔も今もたしかに存在するということなのだろう。