エレガントな2+2フェラーリだって、マニュアルで乗りたい?
パリにて毎年2月に行われる「レトロモビル」では、オフィシャル格の「アールキュリアル」を筆頭に、複数の国際格式オークションがパリ周辺にて開催されます。クラシックカー/コレクターズカーのオークションにて業界大手の一角を占める「ボナムズ・オークション」社は、「LES GRANDES MARQUES DU MONDE À PARIS(パリに集う世界の偉大なブランドたち)」と銘打ち、レトロモビルに訪れる目の肥えたエンスージアストを対象とした大規模オークションを開催。今回は珠玉の出品車両の中から、ある希少なセールスポイントを持つフェラーリ412をピックアップしました。そのモデル概要と、注目のオークション結果についてお伝えします。
旧世代2+2フェラーリの最終進化形とは?
フェラーリ「412」の起源は、1972年のパリ・サロンにて本格的4シーターGTとして誕生した「365GT4 2+2」まで遡ることができる。
前任モデルにあたる365GTC/4と比べると格段にフォーマルなスタイリングとなったピニンファリーナ製クーペボディは、同社所属の名スタイリスト兼エンジニア、レオナルド・フィオラヴァンティが今なお自身の傑作と称するもの。
それ以前のフェラーリ2+2モデルでは定石だった2600mmから、2700mmまで延長されたホイールベースを活かした上に、リアシートの居住性も兼ね備えたノッチバックスタイルとされ、類まれなイタリア流「エレガンツァ」と高い実用性を両立していた。
パワーユニットは365GTC/4譲りの4.4L V12の4カムシャフト。サイドドラフト式のキャブレターを組み合わせ、340psの最高出力を発生させた。
1976年になると、365GT4 2+2はエンジンを4.8Lに拡大した「400GT」に発展。フェラーリとしては初めてGM社製3速オートマティックも選択可能となった。この3速ATモデルは「フェラーリ400AT」と呼ばれる。
さらに1978年には、エンジンが燃料噴射化された「400i」に取って代わられた。V12ユニットはメイン市場であるアメリカの排ガス規制を意識して、310㎰までドロップしてしまったのだが、ドライバビリティは格段に向上することになった。
そして、1985年のジュネーヴ・ショーにてデビューした412(市場によっては412iや412GTとも表記)は、365GT4 2+2の登場から幕を開けた、マラネッロ製のラグジュアリーな4シーターシリーズの最後の華麗な開花であったといえよう。
先代400iのクワッドカムV12エンジンは、「512BB」や「テスタロッサ」系と同じ4943ccにスケールアップ。アンチロックブレーキや豪華さを増したインテリア、ボディと同色のバンパーなどが装備された。
また改良されたフロントエアダムにくわえ、トランクデッキを高めたことにより、すでに模範的だったはずの空気抵抗係数は約10%低減されたという。
こうして「革命」ではなく「進化」を体現した412は、当時の世界最高峰ラグジュアリー・スポーツサルーンと渡り合い、以前ならベントレーやメルセデス・ベンツを選んでいたような、高級車志向の強い顧客を惹きつけようとするマラネッロの目論みを、今いちど再確認させるものだったのだ。
やっぱり、マニュアルしか勝たん……?
2024年2月1日のボナムズ「LES GRANDES MARQUES DU MONDE À PARIS」オークションに出品されたフェラーリ412は、フランスの名門フェラーリディーラー「シャルル・ポッツィ」の名を冠した濃紺「ブルー・ポッツィ」に、同系色のダークブルーのレザーインテリアを組み合わせる、とてもエレガントな仕立て。しかしそれ以上に注目すべきは、400AT時代からデフォルトとなっていた3速ATではなく、5速マニュアルのトランスミッションでオーダーされていたことだった。
この個体は、デュッセルドルフに2002年まで存在した伝説的フェラーリ・インポーター「オート・ベッカー(Auto Becker)」社を介して、最初のオーナーである女性政治家、ロスウィータ・フォン・バーグマンに新車として納車された。
「ドイツ自由民主党(FDP)」のメンバーであった彼女は、1962年から1970年までノルトライン・ヴェストファーレン州議会議員を務め、1986年にはドイツのTVドキュメンタリー番組「Ferraristi(フェラリスティ)」に前愛車の400とともに出演するなど、フェラーリ通であると同時にアートコレクションでも知られていた。
フォン・バーグマン夫人は1997年まで412を所有しており、オート・ベッカーの請求書のコピーは、彼女が細心の注意を払って整備スケジュールをこなしていたことを証明している。また、環境への取り組みが重要視され始めていた当時のドイツにあって、政治家である彼女は触媒コンバーターも取り付けさせていたという。
1997年、フォン・バーグマン夫人はフェラーリをフランクフルトの住人に売却したが、その後も当初はオート・ベッカーで、同社の経営破綻後はバイエルンのキルヒゼオンにある「レンツ・モトーレン・テクニーク」で定期的にメインテナンスを受けていたことが判明している。
2007年、この412はドイツの首都ベルリンに住む3人目の登録オーナーへと譲渡された。彼はまた、このクルマをベルリンの「Oldietech GmbH」で定期的に整備していた。
そして4人目のオーナーとなった今回のオークション出品者は、フェラーリを自身の名義で登録することはなかったものの、その所有期間を通じて社内で整備されており、V12エンジンはスムーズに回り、内外装も美しいコンディションが保たれている。
ドイツでの登録書類に、サービス履歴を読み取ることのできるインボイス。オリジナルのスケドーニ社製レザーポーチに入った取り扱いマニュアル、そして「ブラウプンクト・コーブルグ」社製ラジオカセットの取扱説明書などの付属品も、今回のオークション出品に際して添付された。
もっともエレガントなグランツーリスモ・フェラーリに、最高のカラーコンビネーションが施されたこの412は、新車時代から手入れが行き届いていたというセールスポイントも含め、フェラーリ愛好家必見の一台。ボナムズ・オークション社の公式WEBカタログでは、そんなキャッチフレーズとともに、7万ユーロ〜9万ユーロという、昨今の412としてはなかなか自信をうかがわせるエスティメート(推定落札価格)を設定した。
それは、希少なマニュアル車だからこそのことだろうが、実際の競売でも5速MT効果はてきめんだったようで、終わってみれば「Inc. Premium(手数料込)」で9万7750ユーロ。つまり、日本円に換算すれば約1600万円の落札価格で、競売人の掌中の小槌が鳴らされることになった。この価格は、現況におけるフェラーリ412としてはハイエンドに属するものなのである。
ちなみに365GT4 2+2から最終型412に至る、一連のフェラーリ12気筒2+2クーペは、かつて筆者がコーンズ&カンパニー・リミテッドの営業現場に在籍していた時代のオーナーたちから「F40よりも難物では……?」ともいわれていた、かなりのクセモノ。
それでも、日本仕様は3速AT仕様のみのラインアップだったはずなのに、古くからのフェラーリ愛好家であるお得意様の熱心なリクエストに応えるかたちで、筆者の知る限りでは5速MTの正規ディーラー車が3台のみ日本に輸入されていたと聞いている。
古き良きV12をマニュアルで走らせるという至上の愉悦のためには、それなりの対価を支払うことも厭わないエンスージアストは、昔も今もたしかに存在するということなのだろう。