なぜ日本ではなくインド?
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のキーワードは「スズキのEV戦略」です。40年以上、インドでの生産にかかわっているスズキ。同社がインドにてEVを生産する計画があるという報道がありました。なぜ、インドなのでしょうか? その理由について木下さんが迫ります。
40年以上続くインドとの関係
「スズキがEVの生産をインドで計画している」
そんなニュースを耳にしても、さして驚くほどのことではないのかもしれない。
スズキは古くからインドの成長性に期待をしてきました。いまから42年ほど前の1982年にインド国営企業マルチ・ウドヨク社と合弁生産で合意し、翌1983年から生産を開始しています。そのマルチ・ウドヨクの株を過半数取得して子会社化したのが2002年です。それ以降着実に販売を伸ばしてきており、今では年間200万台規模の生産能力を誇るまでに成長しました。
インドへの貢献度が高く評価され、モディ首相とも親交が深いようです。現地ではもはやスズキはインドのメーカーと信じて疑わないユーザーも多くいるのではないかと想像します。
世界的にEV信仰が盛り上がっているいま、将来の経営を盤石にするために、胸襟を開いたインドの生産を重視するのも当然のことかもしれません。
なんといってもインドは中国を抜いて世界で14億人というもっとも人口の多い国になったわけですし、経済的にも将来性があります。これまでは低価格帯を主力に販売台数を稼いできたスズキですが、利益率の高い高価格帯を充実させる必要があり、富裕層が多く、中間層でさえ給料が右肩上がりに伸びているインドは狙い目の市場なのです。(※編集部注:2023年の国際連合人口部統計データでは、インドが14億2862万7663人で1位、中国が14億2567万1352人で2位となっている)
スズキは2030年までに、生産能力を今の2倍、400万台にまで引き上げる計画だとしています。鼻息が荒いのも納得します。ただし、この攻めの経営が首尾よく進むかは未知数です。インドの自動車販売台数は右肩上がりの伸びだとはいえ、EVの販売台数はまだ約8万台に止まっています。668万台に達した中国の約1%未満ですから、すぐに高収益が得られると考えづらいのも確かです。
トヨタや日産、あるいはホンダといった大手が、現地現物の思想により、中国や欧米での生産力を増強しているとはいえ、あえてインドに目を向けて独自の戦略が成功するかは未知数でしょう。
EV生産には、サプライチェーンが欠かせません。バッテリー等の供給体制が不可欠です。スズキのEVは現在、資本提携関係にあるトヨタとの共同開発によるもの。そこから脱して、独自の供給網を確保することも容易ではありません。リスク覚悟の経営戦略とも言えなくもありませんね。
もっとも、大手がインドの将来性を理解しながらも拠点にしないのは、スズキほどインドと密接な関係ではないからです。“しないのではなくできない”のです。その点ではスズキは、これまでのインドとの厚い関係があります。
将来的にはインドを生産拠点に、アフリカや日本への輸出基地に据える目論みのようです。そうです、スズキはもはや、インドの会社になろうとしていると言っていいのかもしれません。誤解を招きそうな表現ですが、それほどインドに傾注していることには間違いはなさそうですね。
日本で生まれたスズキが日本の経済成長の波にのったように、今後はインドの成長性に期待しているのかもしれません。