もっとも市場価値の高いM3、オークションに現る
1980年代以降、ハイパフォーマンスカーの世界に「エボリューション」という概念が定着しました。モータースポーツとの関連性を高らかにうたうこの名称は日本にも偉大なフォロワーを生み出しました。今回は、RMサザビーズ北米本社が2024年3月1〜2日に開催した「MIAMI 2024」オークションに出品された、歴代BMW M3の中でも最も人気の高いE30系のさらに特別なモデル「M3スポーツ エボリューション」のプロフィールと、その競売結果について振り返ります。
もっとも美しいグループAツーリングカーの最終進化形
「もっとも美しいグループAツーリングカー」と呼ばれた歴史的傑作、BMWの元祖「M3」が初めてその姿を現したのは1985年のこと。翌年3月には、旧ETC(欧州ツーリングカー選手権)や独DTMシリーズのホモロゲーションに必要な5000台の生産が、本格的に開始されることになった。
ベースとなったE30系3シリーズに似てはいるものの、ほとんどのボディパネル、ブレーキシステムなど、多くのコンポーネントはBMW「M」社がM3独自に開発したもの。心臓部とされた2302cc・200psの4気筒DOHC16バルブ「S14」型エンジンも、スーパーカー「M1」に搭載された「M88」型6気筒から2気筒分カットしたものだった。
こうして誕生したM3は、翌1987年シーズンに向けてFIAグループAホモロゲーションを獲得し、生来の目的たるDTMをはじめとするサーキットレースや、同じくグループAが適用されたラリー競技でも輝かしい戦果を収めてゆく。
しかし、レースの世界ではつねにアップデートが求められる。また、当時はシーズンごとにレギュレーションが改定されるのが当たり前のこととされており、グループAでもサーキットレース用の「スポーツ・エボリューション(ES)」規約が施行。500台(1992年以降は250台)以上の追加生産が必要とされ、それに対応したベース車両、いわゆるエボリューションモデルが求められてゆくことになる。
そこでBMWでも、年ごとに変化するレース規定に合わせて設定されたホモロゲート用市販車をシーズンごとに限定生産した。まず1987年に発売された「M3エボリューション」は、専用の大型フロントスポイラー、リアウィング下にはリップスポイラーを装着。エンジンにも改良が施され、210psを発生した。
続いて1988年シーズン用には「エボリューションII」が登場。220psまでパワーアップを果たし、ヘッドカバーは白をベースに3色のMストライプを配した結晶塗装が施された。
そして「M3スポーツ エボリューション」は、それまでFIAグループA「ディヴィジョン2(1601cc~2500cc)」の上限には余裕のあったエンジン排気量を2467ccに拡大した「S14B25 EVO 3」スペックのエンジンを搭載。
そのかたわら、特殊な薄板ガラスをはじめとする軽量コンポーネントの採用により1200kgまで軽量化を果たした結果、0-100km/h加速6.5秒、最高速度は248km/hをマークする、まさに究極のE30系M3となったのだ。
スポエボの人気は絶対的? 相場はじりじりと上昇中
BMW M3スポーツ エボリューションの生産台数については、FIAのES規約が指定した最小台数の500台ほか諸説あるとのことながら、RMサザビーズ社のカタログでは1989年12月から1990年3月にかけて600台が生産されたという説をとっている。
今回RMサザビーズ「MIAMI 2024」オークションに出品された個体は、M3スポーツ エボリューションとしてはデフォルトだった「ジェット・ブラック」のボディカラーに、ブラック/アンスラサイト(濃灰色)の「BMWモータースポーツ」仕様のファブリック製インテリアを組み合わせている。
一連の「エボリューション」エディションと同じく、ミュンヘン郊外ガルヒンクの「BMW M」部門ファクトリーからラインオフ。1990年4月に、英国のカスタマーに新車として納車されたのち、34年後の現在に至るまでの歴代オーナーは3人。いずれも几帳面なケアを施してきたとのことである。
この個体は、希少なホモロゲーションスペシャルである「スポーツ エボリューション」市販車のなかでも、とくに仕様の整えられたもので、パワーウインドウやエアコンディショナー、ヘッドライトウォッシャーなど、当時はオプションだった装備を贅沢にセレクトしている。
くわえて特徴的な赤いシートベルトや、シートのボルスター部分にステアリングホイール、ハンドブレーキレバーのスウェードトリミングは、カタログ作成時の走行距離にしてわずか2万6683マイル(約4万2700km)という少なめなマイレージに見合った、適切なコンディションで維持されている。
E30世代M3のファイナルバージョンでもあるM3スポーツ エボリューションは、もとよりホモロゲーションスペシャルとして高い人気を誇っている初代M3でも格別のモデル。一般向けに市販されたのはわずか500台という希少価値も加わって、このBMWモータースポーツの最高傑作のひとつを購入できる機会は決して多くはない。
そんな自信たっぷりのコメントとともに、RMサザビーズ北米本社は出品者である現オーナーとの協議の結果として、25万ドル~28万ドルというエスティメート(推定落札価格)を設定。
そして迎えたオークション当時の競売では、売り手側のもくろみどおりにビッド(入札)が進み、最終的には26万8800ドル、現在の為替レートで邦貨換算すると約4080万円で落札されるに至ったのだ。
ちなみに2023年5月、同じRMサザビーズの欧州本社が開催した「Villa Erba」オークションにおいて、比較的近い条件のM3スポーツ エボリューションが21万2750ユーロ、当時の日本円に換算すれば約3260万円で落札されているのだが、米ドルとユーロの為替の違いを考慮しても、このモデルの国際マーケット相場価格は上昇傾向にあるかと思われる。