元F1ドライバーのエディ・アーバインが所有していたクルマ
2024年5月4日、ボナムズがマイアミで開催したオークションにおいてポルシェ「959コンフォート」が出品されました。同車はトータル292台が生産されたうちのコンフォートモデルで、200台がリリース。オーナー歴にはエディ・アーバインの名も残っており、直近ではポルシェ・クラシックで大規模なレストアが施された1台です。
モータースポーツに参戦するために登場した959
1970年代後半は、度重なる石油危機に加えて、自動車の排出ガスによる公害が大きな社会問題となる時代だった。そのような状況の中で最も大きな影響を受けたのは、もちろん高性能をセールスポイントとするスーパースポーツ。年々厳しさを増すエミッション・コントロールは、スーパースポーツの進化には大きな抵抗力だったのだ。
だがメジャーなメーカーは、この逆風の中でもスーパースポーツのさらなる進化を諦めることはなかった。1980年代を迎え、彼らのファクトリーからはさらに魅力的なモデルが誕生していくことになる。例えばフェラーリからは「288GTO」や「F40」が、その永遠のライバルともいえるポルシェからはあの「959」がというように。
ここでは今回オークショネアのボナムスがアメリカのフロリダ州で開催したマイアミ・オークションに出品された、1台の959を紹介することにしよう。ちなみに959の登場はポルシェが「911」ベースの高性能4WDモデルを必要とすることを確信し、同時に同グループのアウディ「クワトロ」の活躍を目にしてからのことだったと推察できる。
1982年、当時のFIAは新たな車両規定としてグループBのカテゴリーを新設。それによって959(開発当時は961というプロジェクトナンバーが与えられていた)にはモータースポーツへ参戦する道が開けたのだ。そのプロトタイプはその名も「グルッペB」のネーミングを掲げ、1983年のフランクフルト・ショーで世界初公開されたが、一方でポルシェにはこの959をモータースポーツの舞台で競わせる意思は毛頭なかった。彼らが狙ったのは世界最速のスーパースポーツカー。そのためにチーフ・エンジニアのヘルムート・ボットを中心に、4WDのシステムをはじめ、さまざまな最新技術が959には搭載されていくのである。
959の総生産台数は292台
一見911をベースに、ディテールのみを修正したかに見えるボディは、ルーフラインこそ911のそれに共通だが、モノコックのボディシェルはアルミニウム、カーボンファイバー、ケブラー強化プラスチック等の軽量素材で構成されていた。フロアパネルはノーメックス製。エアロダイナミクスを最適化するため、ボディは縦方向に300mm以上伸ばされ、全幅も1840mmにまで拡大された。鋭いノーズはポリウレタンで成型され、テールセクションにはさまざまなエアインテークと通気口が備わっている。
フルアンダートレイを含め、徹底してエアロダイナミクスを考慮した959のCd値は0.31。ハイテク満載のサスペンションを採用したにもかかわらず、車重が1770kgに抑えられているのも、ストイックなポルシェらしい数字だ。
リアに搭載されるのは、最高出力で450ps、最大トルクでは500Nmを発揮する2.85Lの水平対向6気筒DOHC。空冷シリンダーと水冷ヘッドを組み合わせたこの設計は、すでにポルシェでは1980年代にグループCやIMSA GTPといったレースで実証済みの設計である。組み合わされるミッションは、オフロード用の超低速に対応するGポジションを持つ6速MT。そしてポルシェの狙い通り、この959は大きなストレスなく315km/hの最高速に挑むことを可能にしたスーパースポーツとして仕上げられていた。
ポルシェ959はトータルで292台が生産されるが、そのうち92台はアメリカ市場向けの軽量な「スポーツ」、残りの200台は「コンフォート」仕様である。今回出品されたモデルは、そのコンフォートの中の1台で、ファーストオーナーはオーストリアのポルシェを通じてデリバリーを受けた記録が残るが、その後のオーナーリストには、ジャガーやフェラーリのF1ドライバーとしても活躍した、エディ・アーバインの名前も連ねられている。
出品車両は最近、ポルシェのクラシック・レストア部門によって、総額で25万ユーロ(約4150万円)にもおよぶ大規模なレストアが行われた。ゴージャスなグラファイトメタリックのエクステリアカラーとダークシルバーのホイールで華麗に演出された959に、ボナムスは175万~200万ドル(邦貨換算約2億6950万円~3億800万円)のエスティメート(推定落札価格)を掲げオークションはスタートしたが、残念ながら今回は、落札者は現れなかった。ポルシェ959がオークションに登場すること自体大きなニュースだが、フルレストア済みのモデルでも、さすがにその予想落札価格は入札者にとっては衝撃的なものだったのだろうか。