V12のニューモデルがマイアミに降臨
F1マイアミGPの開催によってF1ブームにわいたフロリダ州マイアミで2024年5月3日、V型12気筒のNAエンジンをフロントミッドに搭載するフェラーリの新型フラッグシップが発表されました。その名も「12チリンドリ」。「812コンペティツィオーネ」の系譜を継ぎ、「F140HD」の型式を冠するV12エンジンを搭載したニューモデルは驚きのスタイルとパフォーマンスでした。
欧州外初開催の発表会は北米市場重視のあらわれ
全米史上空前のF1ブームにわくマイアミGP。今年で北米マーケット参入70周年を迎えたフェラーリは、GPウィークを真っ赤に染めるべくさまざまなイベントを用意した。なかでもそのハイライトというべきイベントが、マラネッロとしては初となるフラッグシップモデル発表会のヨーロッパ外開催である。
戦後に生まれたフェラーリのビジネスを支えたのはじつは北米市場であった。グランプリやル・マン、ミッレミリアなどで活躍する新興ブランドのロードカーの価値をいち早く認めたのが北米市場だった。もちろんフロントエンジン・リアドライブのマラネッロ製12気筒2シーターモデルをフラッグシップとして崇め、こぞって買い求めたのもそうだった。フェラーリにとって北米市場とは母国に次いで重要なマーケットというわけである。
そして、スーパーカーブランドとはメディアやカスタマーを含めた多くの人々を驚かせるために存在する。今回もマラネッロは良い意味で私たちを裏切った。そして何度も驚かせた。マイアミでの発表の2週間前。アメリカへ送り出される直前の新型モデルに我々は、マラネッロの最深部チェントロ・スティーレにて対面することができた。すべての電子機器を入り口のガードマンに預けた厳戒体制のなか、我々が目撃したのは驚きのスタイルと驚きのパフォーマンス、なかでも驚きのエンジンを積んだ新型フラッグシップモデルである。
従来以上に官能的な新設計ユニット
その名も「12チリンドリ」。イタリア語での発音が日本市場でも推奨されるようで、その場合、「ドーディチ・チリンドリ」と呼ぶことになる。英語で記せば12シリンダー。つまり新型フラッグシップの名前は“フェラーリ12気筒”、というわけだ。しかも、そのエンジンの型式名はF140HD。「エンツォ・フェラーリ」から続く自然吸気V型12気筒の系譜に連なる最新エンジンである。そう、V型12気筒NA搭載エンジンは「812コンペティツィオーネ」が最後ではなかった!
完全フロントミッドに搭載されるF140HDは、812コンペティツィオーネ用F140HBおよび「デイトナSP3」用F140HCをベースに開発された新設計ユニットだ。とはいえHDのパーツ構成そのものはHBと非常に似ており、総排気量6.5L、最高出力830cv/9250rpm、最大許容回転数9500rpmといったスペックも812コンペティツィオーネのそれとまったく同じである。
ただし、最大トルクは678Nm/7250rpmと逆に数値を下げてきた。これはユーロ6をはじめとする排ガスや音のレギュレーション対応のため、排気系をメインに再設計したことが影響する。とはいえ実際には、新たに8速となったDCTのギア比や変速プログラム、革新的なトルク制御システム“アスピレーテッド・トルク・シェイピング”(ATS)などによって、ドライバーの感じる速さは(若干の重量増もあるにもかかわらず)従来以上に官能的らしい。このあたり、早くテストで試してみたいもの。
そのほかシャシー面をチェックすれば、剛性アップや軽量化といった基本的な取り組みはもちろんのこと、ホイールベースはなんと20mmも短くなり、各種電子制御技術(ヴァーチャルショートホイールベースやサイドスリップコントロール8.0など)のブラッシュアップ、リアを左右独立でコントロールする4WS、V12モデル用としては初となるブレーキ・バイ・ワイヤの採用(ABSエヴォと6w-CDSセンサー)など、パフォーマンスの進化は多岐に及ぶ。
デイトナオマージュではないというが……
まだまだ驚きはあった。それはもちろんデザインだ。アンベールされた瞬間、脳裏をよぎったのはつい2週間前にフィオラノで試乗したばかりのデイトナこと「365GTB4」、それも初期型のプレキシノーズモデルだった。チーフデザイナーのフラビオ・マンゾーニ氏はデイトナオマージュであることを否定したが、そう見えるのだから仕方ない。
なかでもフロントノーズはデイトナデザインのモダナイズだ。中央のブラックアウトされた部分はプレキシグラスモデルとよく似るし、何よりサイドに回り込んだライトまわりのデザインがそっくり。さらにデイタイムライトとしても機能するライト下のフラップはその昔の分割バンパーに見えなくもない。さらにはフロントフェンダーからリアエンドへと至る水平のダブルキャラクターライン(リアフェンダーで切り取られるあたりも!)、ルーフからリアエンドへ向かっての柔らかなラインなどもデイトナを彷彿とさせる。ちなみにフロントフードは「プロサングエ」と同様のコファンゴスタイルで、前ヒンジ開きだ。
真横からの眺めがまたユニークだ。ホイールベースが20mm短くなって、ふくよかなリアフェンダーの存在感と尖ったロングノーズが極端に強調される。小さなキャビンはかなり後方に位置し、まるでリアフェンダーによって支えられているかのよう。V12エンジンがフロントミッド(前アクスルより後ろ)に収まっているとは思えないほどである。
ブラックエリアの変更は許されない
驚くのはまだ早い。「12チリンドリ クーペ」のデザインで際立って個性的なのは、リアセクションだ。斜め後ろ、やや上方から見るとデザインチームが “デルタウィングシェイプ”と呼ぶユニークなモチーフがよくわかる。まるで前方へと突き進む大胆な矢印だ。ゴージャスでデイトナライクなフロントとは対象的にウルトラモダンなデザインである。
ルーフからリアエンドにかけて黒、ボディ色、黒と大胆に3分割されている。ルーフは通常ガラスだが、カーボンファイバーパネルを選ぶこともできる。これらとサイドウインドウがひとつのブラックエリア。もうひとつのブラックエリアがリアウインドウとリッド、そして新たな空力アイテムである左右のエアロフラップである。2つのブラックエリアの間をグラマラスなリアフェンダーからピラー、ルーフの一部へと続くボディ同色エリアがブーメランのように区切っているのだ。このモチーフはインテリアのセンターコンソールにも使われている。
フラビオ・マンゾーニいわく、「デザイン上、最も重要なモチーフ」ということで、今のところ顧客がブラックエリアをカーボン以外の色やマテリアルに変更することは許すつもりはないらしい。一方、「812GTS」とまったく同じ開閉式電動ハードパネル(14秒で開閉、45km/h以下で操作可能)を使った「12チリンドリ スパイダー」の方はこの独特なモチーフが若干弱まって見える。クーペの方が斬新でかっこいいと思うのだが、どうか……。
もちろんこういったユニークなエクステリアのデザイン(のみならず床下も含めて)はエアロダイナミクス性能を可能な限り高めた結果だ。ちなみに左右のリアフラップはダウンフォースが積極的に必要とされる速度域(40〜300km/h)において加速度に応じオートで作動する。
モダンフェラーリの全てを体現するモデル
インテリアもまたエクステリアに負けずユニークでモダンだった。ローマ、プロサングエとデュアルコクピットスタイルを採用してきたが、ついにそのコンセプトがここに極まったようだ。ほぼシンメトリーなコクーンが2つ並び、デルタウィング形状をしたフローティング風デザインのブリッジがその間を繋いでいる。なるほど、これは“選ばれし者たち”(for the Few)のコクピットであろう。
「12チリンドリ」および「12チリンドリ スパイダー」は、フェラーリ最新のエレガンスとパフォーマンスを両立するモデルとして位置付けられた。要するに「ローマ」や「プロサングエ」といったGTモデルと、「296」や「SF90」といったスポーツモデルのちょうど中間に位置する。モダンフェラーリの全てを体現するという意味においても、そしてもちろんアメリカへと正規輸出の始まった1950年代から続くヘリテージに照らし合わせても、12気筒こそは今なおフェラーリの重要なエッセンスであり、それゆえこのストレートなネーミングになったと言っていい。
クーペのデリバリーは2024年末、スパイダーは2025年初頭からはじまるという。イタリアでの車両本体価格は39万5000ユーロ(邦貨換算約6650万円)からとなっている。