アメリカ生まれの小さなレーシングカー
自動車趣味の分野では今なお世界の中心である、世界最上級のエンスー大国、イギリス発信の国際オークションでは、超絶マニアックな名車・珍車の出品に遭遇することが多いです。2024年4月14日、英国チチェスター近郊のグッドウッド・サーキットにて開催されたエクスクルーシヴなレースイベント「グッドウッド・メンバーズミーティング」の公式オークションとして行われた名門「ボナムズ」社のオークションに出品されたクロスレー「アルムキスト セイバー」は英国車かと思いきや、じつはアメリカで作られたものでした。アメリカのクラシックカーレース界に精通したごく一部のマニア以外にはほとんど知られていないワンオフ製作のスペシャルレーサーが、大西洋を挟んだイギリスのオークションで売りに出されたのでした。
アメリカ人エンスー熱愛の「フラットヘッド」V8を搭載!
日本の自動車愛好家のなかでも、アメリカでは珍しいマイクロカーを1939年から1952年まで製造していたオハイオ州シンシナティの小規模メーカー「クロスレー」の名をご存知の向きは、決して多くないと思われる。
第二次世界大戦を挟んだ時期、総排気量1000ccにも満たない、2気筒ないしは4気筒のエンジンを搭載したセダンやバン、さらにはウッディワゴンなども製造していたそうだが、唯一有名なのは1949年に、戦後アメリカ初のスポーツカーとして登場した「ホットショット」だろう。
この小さなロードスターは、もともとボーイングB17爆撃機用「サイクロン」エンジンの始動装置として開発された水冷直列4気筒SOHC 722ccの「CIBA」エンジンを搭載し、モータースポーツでも活躍。さらにクロスレーCIBAエンジンは、イタリアの「ナルディ」や「シアタ」などにも搭載され、ル・マンやミッレ・ミリアの小排気量クラスでも活躍を見せていた。
今回紹介するのは、もとより変わり種のクロスレーのなかでも格別の変わり種。「アルムキスト・エンジニアリング」社製の「セイバー」というFRPボディキットを組み合わせ、さらにエンジンをはじめとするメカニズムもすべて取り替えてしまった、いわば魔改造車である。このスタイリッシュなロードスター型ボディキットは、クロスレーのシャシーにボルトオンで取り付けるように設計されており、当時のレース雑誌などでは大々的に宣伝されていたという。
ベースモデルはクロスレーのいかなるタイプであるかは不明ながら、1957年に「アルムキスト セイバー レーサー」へと改造され、2013年までオハイオ州モントレーとソノマのサークルトラックでクラシックカーレースを戦っていた個体とのことである。
シャシーは当時物のチューブラーを使用しているが、エンジンは欧州でも評価の高いクロスレー直4 SOHCユニットをいさぎよく降ろし、1939年型フォード「V8」用の「フラットヘッド(サイドバルブ)」V8-60エンジンにコンバート。3基のストロンバーグ社製キャブレターを組み合わせる。
また、1930〜1960年代のクラシックカー用コンポーネンツも多数コンバートし、電動燃料ポンプと圧力レギュレーターは、クロスレー純正の当時ものタンクから流用されるいっぽう、電気系統にはフレームマウントのオルタネーターとマロリーの電子制御イグニッションを装備。さらに4速マニュアルギアボックスは1970年代のフォード「マスタング コブラII」用をサルベージするなど、現代のアメリカにおける典型的なホットロッドへと進化を遂げることになった。