半世紀前は巷にメカニックがたくさんいた
「いまから50年以上前に日産B110型サニーなどでレースをやっていました。その後は455cu.in(約7.5L)というV8エンジンを積んだオールズモビル カトラスなどをイジってゼロヨンを楽しんでいましたね。1970年代当時の定番のクルマとして、ポンティアック ファイヤーバード フォーミュラ400やシボレー カマロなどが参加していました」
当時は巷にメカニックがたくさんいたらしく、車高を下げ、マフラーを交換したぐらいのクルマで楽しむノーマルカーレースのようなものまであったらしい。
「自分もメカニックのようなことをしていたので、クジラクラウンの排気量を2.6Lから2.7Lにしたり、セドリックのエンジンを3Lまで排気量アップしたりしていました。その頃はセダンに乗っていると信号待ちで暴走族がバカにしてくることがあったので、シグナルGPをしていたこともありましたね(笑)」
といったような武勇伝を有している“J J”さんはメカニックとしての腕を買われ、以前から若い人のクルマをイジって欲しいというリクエストを各方面からもらっていたが、ずっと固辞してきたそうだ。いまでもその気になれば自身の手でカリカリにチューンしTBCCに参戦できるのだと思うが、あえて実行せず、各部がライトチューンされたエッセでスポーツ走行を楽しむところが“J J”さん流なのであった。