1992年から1994年の3年間のみ市販されたNR
2024年5月31日〜6月1日にRMサザビーズがカナダ・トロントで開催したオークションにおいてホンダ「NR750」が出品されました。総生産台数は322台ともいわれており、世界で唯一無二の楕円ピストンエンジンを搭載した伝説のモデルでした。
世界唯一のピストン形状を採用したモデルだった
先般の某事件のニュースを見ていて、驚いた方もいただろう。貢ぐために売却したバイクがホンダNRだったのだから、それは当然だ。ネットも含めて騒然となったが、今や超高嶺の花となったCB750Four、Z1/Z2でもそうそう驚くものではない。NRとは一体、どんなバイクで、なぜそれほどまで話題になるのか?
その理由は特異なピストン形状であり、そこに尽きる。通常、レシプロエンジンの場合、ピストンは円筒形をしていて、同様に円筒形のシリンダーの中を上下運動する。作動、摺動性、生産性、コストなど、あらゆる点で優れているからで、内燃機が発明されて以来、その歴史において変わる必要もなければ変える必要もなかったとも言える。
しかし「NR750」のピストンは円筒形ではなく、楕円形をしている。昔ながらのアルマイトの弁当箱のような形をしていて、見るからにユニーク。また両サイドが丸くて、その間は直線と思っている人も多いが、じつは緩やかにカーブを描いて、文字通り、楕円となっている。メカに詳しい方ならピストンリングはどうなっているのか? と思うだろうが、当然こちらも楕円で合口は横にあって、気密性を維持するために肉厚となっている。
そもそも、なぜこのような特異なエンジンを開発して実用化したのか。ちなみに歴史を振り返ると実験的なエンジンであるにはあったが、市販化されたのはこれのみとなる。そのルーツはホンダらしく、レースにあった。1979年にレース車両、「NR500」として姿を現したが、その当時のWGP(ロードレース世界選手権)の規定では、気筒数は4気筒までとされ、全盛だった2ストロークに対するハンディもなし。パワーに勝る2ストロークに対して、4ストロークにこだわるホンダは多シリンダー化で対処していたが、それができないのは痛かった。
そこで思いついたのが、8気筒のうち2気筒ずつをまとめて形式上4気筒とするという手法。のちに最年少でホンダの副社長になった入江昭一郎をリーダーとして開発にあたり、楕円ピストンのアイデアは信号機を見て思いついたという。2気筒をひとつにしたことは、8バルブと2本のチタンコンロッド、2本のプラグを備えることからもわかる。実際のエンジンはV型4気筒で、バンク角100度(のちに90度)で2気筒ずつ並んでいた。目標スペックは2万回転で130psの発生で、最終的には近い性能を出すことに成功はしたものの、1979年から1982年まで参戦したロードレース世界選手権ではトラブル続きで、まったく成績は振るわず、完走をたまにするのがせいぜいという状況。結局撤退となった。
ここまで長くなったが、NR500の血統を受け継いで1992年から1994年の3年間のみ市販されたのがNRだ。もともとNR500を開発していた時点でロードバージョンは視野に入れていたとされ、時間は経ったものの、それが750cc化されて形になった。発表は1990年の東京モーターショーで、バブル末期ゆえ、大きな話題になった。ただ、本来なら当時全盛だったレーサーレプリカでもよかったのに、VFRとの被りを避けるため、フルカウルとはいえ一般的な大型スポーツモデルだった点には落胆した人が多かったのも事実だ。重量も乾燥で223kgと決して軽くはない。
とはいえ、名車であり、限定生産で300台ゆえに発売してしばらくすると伝説のモデルになったのもまごうことなき事実。国内300台限り、世界で唯一無二の楕円ピストンエンジンというのは伝説以外のなにものでもない。具体的なスペックは77ps/1万1500回転と非凡なのは国内自主規制のため。海外仕様は1万4000回転から130psを発生した。