完全レースカー仕立ての「ノイエ・クラッセ」がオークションに
世界でもっともディープな自動車趣味王国、イギリスのオークションでは、日本ではめったに見られないようなクラシックカー/コレクターズカーの出品に唸らされることもあります。今回は、英国の自動車オークションビジネス界では比較的新興勢力である「アイコニック・オークショネアーズ」社が、2024年5月第3週末に開催した定例オークションに現れた、クラシック・ツーリングカーレース用にフルチューン済みのBMW「1800TI」、いわゆる「ノイエ・クラッセ」を俎上に乗せ、モデル解説とオークション結果についてお伝えします。
1960年代のツーリングカーレースで活躍
BMWの「ノイエ・クラッセ」シリーズといえば、1961年デビューの時代背景を考えれば先進を究めた設計と上質なつくりで、後継車である歴代「5シリーズ」をはじめとする、のちのBMW製リムジーネ(セダン)の指標を規定した傑作。また第二次大戦後、苦境に陥っていたBMWを一気に立て直した救世主としても知られる。
しかしヨーロッパのレースファンの間では、創成期の「ETC(欧州ツーリングカー選手権)」や、西側ヨーロッパ各国のツーリングカー選手権で大活躍し、現在でもなおクラシックカーレースで目覚ましい戦果を挙げているツーリングカーレース用マシンとしての資質も周知されているようだ。
開祖BMW「1500」をはじめとする、ノイエ・クラッセ全モデルに搭載されたのは、アレックス・フォン・ファルケンハウゼン技師が開発した、クロスフローSOHCの直列4気筒「M10」型とその派出ユニット。このエンジンは地味な出自にもかかわらず、のちにフォーミュラ2用としてタイトルを総なめにしたうえに、ターボチャージャーを組み合わせて1000ps超えのパワーを発生し、F1世界選手権王者の基礎ともなった名機である。
いっぽうノイエ・クラッセでは、1500の上級モデルとして「1800」が1963年にデビュー。間もなく、チューニングメーカー「アルピナ」の開発によるツインキャブレターキットを組み込んだ、よりスポーツ性の高いバージョン「1800TI(ツーリング・インターナショナル)」も登場する。そして1800TIのホモロゲートモデルとして、よりパワフルかつ軽量で、サーキット走行に特化した伝説のスペシャル「1800TI/SA」につながった。
TI/SA用M10エンジンは、圧縮比アップと2基のウェーバー社製大口径キャブレターを装着することで、130psのパワーを獲得した。また、ゲトラグ社製の5速ギアボックス、より強力なフロントアンチロールバーと新しいリアアンチロールバー、TIよりも大径のブレーキディスクも装備され、1964年から1966年にかけて 200台が製造されたが、当時購入できたのは、ライセンスを受けたレーシングドライバーやスポーツドライバーだけだったという。
今回のオークション出品車は、残念ながらオリジナルの1800TI/SAではない。しかし、現代のBMWスペシャリストの手によって、往年の1800TI/SAと同等か、それ以上のチューニングが施された個体だったのだ。
現代のクラシックカーレースで目覚ましい戦果を挙げたが……
2024年5月18日、アイコニック・オークショネアーズ社が英国ノーザンハンプトン州シウェルのローカル飛行場を会場とするオークションに出品したのは、BMWの世界的エキスパートである「ラランカ・エンジニアリング(Laranca Engineering)」社によって最高水準に仕上げられ、英国内のクラシック・ツーリングカーレースでも輝かしい実績を挙げてきた右ハンドルのBMW 1800TIである。
レーシングカーとして活躍する以前、1990年代には、ジル・ワトソンとともにクラシックカー・ラリーを闘ったことでも知られている個体という。
このBMWに施された最後のエンジン・リフレッシュは、2018年のラランカ・エンジニアリング社の手によるもので、それ以降は、2018年にニュルブルクリンクで開催された「オールドタイマー」イベントで1レースを完走したのち、レース活動からは遠ざかっているとのことである。
ただし、多くのレース型クラシックカーイベントがエントリー条件としているFIAの公認証(GB10243)は、2026年12月31日まで有効となっていること。また、そのままレースに参加できる専用装備をコンプリートしていることも相まって、ヨーロッパ大陸でもっとも厳しく、そして望ましいヒストリックモータースポーツ・チャンピオンシップにも、そのまま参加することができる状態にあるとされている。
ところが、今回の売り主である現オーナーは南米に移住してしまったことから、手放す時が来た……、と不本意ながら決断したとのことなのだ。
アイコニック・オークショネアーズ社はこの1800TIについて、レース仕様に仕立てた際のコストや近いスペックを持つクルマの販売実績、そして実績あるレースでの血統などを考慮したとアピールしつつ、4万ポンド~4万5000ポンド、つまり、約800万円~約900万円という、かなり強気にも見えるエスティメート(推定落札価格)を設定した。
ところが、実際の競売では思うようにビッド(入札)が進まなかったのか、オーナー側が指定したリザーヴ(最低落札価格)に届かず、「No Sale(流札)」に終わってしまったのである。