豊穣の1990年代を象徴するルノー・スポール「スピダー」
今になってふりかえれば、洋の東西を問わず、生来の魅力を前面にアピールしたクルマたちがあらゆるジャンルで台頭していた1990年代は、自動車にとって真に豊饒な時代だったといえます。そして現在、ネオクラシックカー、ヤングタイマークラシックと呼ばれるようになった1990年代のモデルのなかでも、とくに象徴的なクルマたちは、コレクターたちの羨望の的となっているのです。今回はそんな1990年代のアイコン的スポーツカーの一例として、英国の「アイコニック・オークショネアーズ」社が、2024年5月第3週末に開催した定例オークションに出品されたルノー・スポール「スピダー」をピックアップ。そのモデル解説と、注目のオークション結果についてお伝えします。
ワンメイクレースカーから転身したリアルスポーツ
1960年代に「R8ゴルディーニ」を供用した「クープ・ナシオナル・ルノー・ゴルディーニ(通称ゴルディーニ・カップ)」をスタートさせて以来、ルノーは今世紀に至るまで、若手レーシングドライバーの登竜門となるワンメイクレースを熱心に行っていたことで知られている。
使用されるマシンは、その時々のルノーでもっともホットなスポーツモデル。その中でもとくに象徴的な車両のひとつがルノー・スポール「スピダー」だろう。
スピダーは、まもなく歴史の幕を閉じようとしているルノーのモータースポーツ部門「ルノー・スポール」が送り出した初の市販モデルとしても知られる、伝説のミッドシップ・ライトウェイトスポーツ。もともとワンメイクレース「スピダー・トロフィー選手権」用に開発されたものながら、1995年に発表された翌年からロードカーの市販も行われた。
ロードバージョンのパワートレインは、当時の「メガーヌ16S(16V)」に積まれていた2L直列4気筒DOHC 16バルブを、駆動系とともに横置きミッドシップに搭載したもの。シャシーは角断面のアルミ押し出し材を溶接で組み上げたスペースフレームで、前後ダブルウィッシュボーン式のサスペンションはフォーミュラマシンさながらのプッシュロッド方式を採用するなど、本格的な作りを身上とした。
2つのバージョンが設定された
ボディはFRP製で、サイドウインドウやソフトトップを持たない純粋なロードスター。ドアは、斜め上に跳ね上がるシザースタイプとされた。
1996年に発売されたロードバージョンには「ソートヴァン(saute vent)」と「パラブリーズ(pare-brise)」という2つのバージョンが設定された。後者のパラブリーズには大型のウインドスクリーンが与えられるが、ソートヴァンはウインドシールドさえ持たず、コクピット直前に「エアロスクリーン」と呼ばれるディフレクターを装着する。これがスピダーにおけるデザインアイコンとなった。
発表の際に、ルノーがプレス向けに配布した広報資料にて「ルノー・スポール スピダーはロードユースにも適合するレーシングカー」と謳っていたとおり、公道走行に最低限必要とされた保安部品以外は、エアコンやオーディオなどの快適装備はもちろんのこと、ABSや電子制御LSD、パワーステアリングやブレーキブースターなど、1990年代においてもすでに常識となり始めていたアシスト装備も一切持たないという、きわめてスパルタンかつストイックなスポーツカーだったのだ。