1日のご褒美に初期型のデイトナにも乗れた!
新興勢力では真似のできない「ヘリテージ」を扱うフェラーリのクラシケ部門が運営するドライビングプログラム「コルソ・ピロタ・クラシケ」。 クラシケが入念に整備したクラシックモデルでフィオラノ・テストトラックを走れる、マニア垂涎のプログラムの様子をレポートします。
クラシック・フェラーリを用いたドライビングプログラム
電動化の波に乗って次から次へと現れる新興勢力。既存の自動車メーカーにとって、彼らに対抗するための重要なツールのひとつが“ヘリテージ”だ。歴史と伝統ばかりは一朝一夕に真似できるものではない。
ジャーマンプレミアムブランドは早くから取り組んでいる(たとえばメルセデスのクラシックセンターなど)が、イタリア勢も負けてはいない。なかでもフェラーリはビジネスにも積極的に活用するブランドのひとつ、“クラシケ”と呼ばれる旧車部門が有名だ。
クラシケ部門はヘリテージを扱うだけあって、建物もマラネッロ本社で最も古い軒下にある。歴史的な旧正門を潜った右、三角屋根の残る旧工場の中だ。フロアも一部に歴史を留めていた。
ここでは歴史的なアーカイブの管理をはじめ、生産後20年以上経ったレーシングカーを含む全フェラーリのサーティフィケーション(認証)サービス、アーカイブをベースとしたクラシックパーツやレストレーションが主な業務になる。今回報告する“コルソ・ピロタ・クラシケ”というドライビングプログラムもまた彼らの運営による活動のひとつである。
憧れのフィオラノ・テストトラックを走る
特徴はもちろん、彼ら自身が入念に整備を施したクラシックモデルを使うプログラムだという点。「308GTB&GTS」のキャブ仕様や「モンディアル3.2」、「550マラネロ」、さらには「365GTB/4デイトナ」といった憧れのクラシック・フェラーリたちというわけで、ちょいと動かすだけでも貴重な経験だというのに、憧れのフィオラノ・テストトラックを走ることができるというのだからマニア垂涎だ。
そもそもフィオラノの敷地内に立ち入るということ自体、今や貴重な機会。エンツォ時代から存在する歴史的な建造物のひとつを使って、ドライビングの座学から1日のプログラムは始まった。
ドライビングポジションから始まる講義の内容そのものは普通のレッスンと変わらない。念入りだったのは3ペダルミッションの扱い方で、左足ブレーキはおろか“ヒール・アンド・トゥ”さえ推奨されなかった。ブレーキはまず右足で十分に減速して次の動作へ移れ、と。左足はというとフットレストを踏みつけて身体をしっかり支えた方が良いという。
その昔エンツォがF1のテストを見守ったピットへと移動し実技に移った。この日はあいにくウエットコンディション。インストラクターによる308GTBのデモ走行を助手席で体験してから、いざ運転席へ。
現代のクルマが失ったドライブフィールを体感する
厳格に仕切られたシフトゲートからシフトレバーがひょろひょろと長く生えている。この様子がたまらない、と同時に一気に緊張を誘う。すでにエンジンは暖まっていたので、キーをひねれば簡単にかかった。1日の始まり、キャブエンジンのコールドスタートならきっとカブらせては一大事ときっと緊張したことだろう!
クラッチペダルはさほど重くない。とはいえ昨今めっきり使わなくなった左足には負担だ。ワイヤーで物理的に繋がっているというABCペダルの操作フィールにも多少戸惑う。昔はみんなそうだったのに。電気信号のペダルに慣れきってしまっているのだ。そのうえキャブ車である。アクセルをガバッと開けたりすればクルマが咳き込む。クラッチをゆっくりとつなぎ、じわっとスロットルを開けて、エンジンの機嫌を伺いつつ走り出す。
野太くたなびくエキゾーストノート(決して甲高くはない)もさることながら、空気を盛大に吸いこむ音と、それに続く背後のメカニカルノイズが耳に心地いい。2速ギアはかなり渋めで入れづらいけれど、徐々に暖まってスムーズになっていく。
濡れた路面でのV8ミドシップゆえ、ハイパワーとはいえないけれど油断すると立ち上がりで尻が大いに乱れる。タイヤも細いのだ。クルマとの絶え間のないコミュニケーションがじつに愉快だというべきで、現代のクルマが失ったドライブフィールのひとつであろう。
だんだんとペースを上げていく。踏み込んでもコントロールできる範囲のパワー(グロスで255ps)だから、キャブエンジンの扱いにさえ慣れてくれば、かなり思い切って走らせることができる。
モンディアルのライド感がことのほか楽しかった
次はモンディアルへ。こちらはインジェクション仕様だったから、少しは気がラクだ。そのぶんクルマとの対話性は少し薄れるか。しかし、それがまたクルマの進化というものだろう。
大発見だったのが、このモンディアルのライド感がことのほか楽しかったこと。+2ゆえのロングホイールベース、ギア比もフィオラノに合っていて、濡れたサーキットでもじつにコントローラブルで正に水を得た魚のよう。308GTBよりも圧倒的に踏みやすく、曲げやすく、攻めやすい。この日試すことのできた全てのモデルの中で最も楽しいクルマだったと、この日集まった世界のジャーナリストからも同意を得た。その場でみんなが自国の中古車サイトを検索しはじめたほど(日本の相場が最も安かった!)。
550マラネロはFRの12気筒パワーだけあって、308やモンディアルよりもつねにひとつ上のギアを使ったコーナリングが安全で望ましいとのアドバイス。たしかにそれでも不満なく走ってくれるが、ダイナミックさに欠けるし、サウンドも静かに収まる。見た目から想像できるように、いかにもグラントゥーリズモな乗り味に終始した。
濡れたスキッドパッドでは308を使った8の字走行やジムカーナを体験した。テールスライドへの持ち込み方や視線の保ち方、アクセルコントロールの方法などを学ぶ。308でのドリフト体験など、自分のクルマなら絶対にやりたくない(まともに走っても壊してしまいそうだ)!
旋回練習で、すっかり腕がだるくなった。体力のなさを痛感。そしてプログラムの締めくくりはデイトナだ。インストラクターいわく、「レッスンを1日頑張ったご褒美的」というわけで、じっくり丁寧に味わうようアドバイスされる。なんでもギアボックスが壊れやすく、クラシケ部門にももう余分な在庫はないらしい。丁寧に操作しつつ、キャブレターV12をじっくり味わった。
初期型のプレクシデイトナ(12チリンドリに似ているじゃないか!)で、しかも唸るほど重いペダルと重いハンドルとなれば、なるほど言われなくても慎重なドライブに。それでも速度を徐々に上げていくと、フィオラノの景色が1970年代にタイムスリップした。ピットに戻ればエンツォが渋い顔で出迎えてくれるに違いない。