ビッグバンパー時代の最後に登場した911スピードスター
RMサザビーズ北米本社が2024年5月31日〜6月1日にカナダ・トロントで開催した「The Dare to Dream Collection」オークション。約300点にも及んだ出品アイテムのなかから、今回はヤングタイマー世代の伝説的「役物ポルシェ」、1989年に限定生産された「911スピードスター」をお伝えします。
911スピードスターの開祖は、役物ポルシェのあり方も変えた?
日本のエンスージアストの間では「役物」と呼ばれている特別なポルシェ「911」は、その多くが「RS」の名を持つ高性能バージョンによって占められる。しかし、パフォーマンスは標準モデルと変わらずとも、ボディワークの段階から新たに作り直したモデルも少数派ながら存在する。
今回ご紹介する「911 スピードスター」もそのひとつ。このモデルの登場とヒット以来、「964」シリーズおよび「997」シリーズでも、それぞれの最終期にスピードスターが少量生産されることになった。
911の964世代がリリースされる直前の1989年、ポルシェは伝説的なスピードスターを復活させた。「911 カレラ3.2 カブリオレ」をベースとしつつも、いさぎよく2シーター化を図ったことにくわえて、ウインドシールドを大幅に低めることで、すべてのポルシェ製「スピードスター」のパイオニアともいうべき往年の名作「356 スピードスター」のイメージを色濃く継承することに成功した。
このスタイリングの実現のため、ポルシェでは「928」シリーズを手がけたことでも知られるチーフデザイナー、トニー・ラピーンによって、手動式の幌を隠すシート後方の「ラクダのこぶ」のようなカウリングなど、数々の新たなデザインキューを特徴として再構築。偉大な祖先のエレガントで流麗なデザインを彷彿とさせるデザイン要素を備えていた。
くわえて、スピードスター本来のエッセンスも踏襲し、ポルシェ側ではソフトトップを「一時的な使用」に限定すると説明していたという。
1989年に生産されたスピードスターはわずか2065台。そのうち「930ターボ」以来となる前後のオーバーフェンダーを装備した「ターボルック」が1894台を占めていたとされている。
人気コメディアンの元愛車に、5000万円近いハンマープライス
RMサザビーズが2024年5月31日〜6月1日に開催した「The Dare to Dream Collection」オークションに出品された1989年式ポルシェ911 スピードスターは、シルバーメタリックのボディカラーに「マリーンブルー」のレザーインテリアが組み合わされた「ターボルック」。
付属されるポルシェ公式鑑定書にも記載されているように、この車両はヘッドライトウォッシャーにクイックシフトレバー、ブラウプンクト社製「チャールストン」ラジオ、エアコン、そしてカリフォルニア州のエミッションコントロールに対応した触媒コンバーターなどの排ガス対策装備が、メーカーオプションとして追加されている。
北米におけるポルシェの正規代理店「ポルシェ・サンディエゴ」社を介してデリバリーされたこのスピードスターは、のちに人気コメディアンにして、ポルシェを筆頭とする素晴らしい自動車コレクションの主としても有名なジェリー・サインフェルドが入手した。
俳優、スタンダップコメディアン、脚本家。そしてTVシリーズ『となりのサインフェルド』のヒットにより日本でも知られているサインフェルド氏は、ポルシェ911について「真のスポーツカー。インテリジェントで完璧なエンジニアリング、そして見事なデザイン言語」と評している。そして今回出品されたスピードスターは、これらの特徴を余すところなく発揮しているといえよう。
この個体は2000年にサインフェルドのコレクションを離れ、走行距離8077マイル(約1万2900km)の段階で次のオーナーの手に渡った。そして「The Dare to Dream Collection」が最終的に2014年にこの911スピードスターを手に入れ、現在に至っている。
オークション公式ウェブカタログ作成時の走行距離は1万8256マイル(約2万9200km)と、35年間にわたって使用されてきたポルシェとしては控えめで、車両の全体的なコンディションは素晴らしいままである。サービスマニュアルの末尾には、2017年にエアコン・システムが整備されたことを確認できるインボイスが保管されている。
また、このオークションにおける落札者には、保証書と取扱説明書、純正ツールキット、ポルシェAG発行の鑑定書、あるいはいくつかのサービスインボイスも引き渡されることになっていた。
今回は「リザーヴなし」で出品
RMサザビーズ北米本社は「この1989年式ポルシェ911スピードスターは、卓越したヒストリーと魅力的なカラーリング、そして望ましいメーカーオプションにより、もとより希少かつ人気の高いスピードスターのなかでも、とくに望ましい1台」という煽情的なPRフレーズとともに、22万5000ドル(約3520万円)~27万5000ドル(約4300万円)というエスティメート(推定落札価格)を設定した。
なお、今回の「The Dare to Dream Collection」オークションは、すべて「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」形式で行われるというのが前提条件。したがってこの911スピードスターも、たとえ入札が希望価格に到達しなくても落札されてしまう「リザーヴなし」で出品されることになった。
しかし、やはり役物の911にはビッド(入札)が殺到するのがセオリーのようで、競売が終わってみればエスティメート上限を大きく上回る30万7500ドル、日本円に換算すると約4970万円という高価格で落札されることになったのだ。