中国EV最大手のBYDが日本市場に投入した第3の矢「シール」
2023年初頭から日本市場への本格展開をスタートしたBYD。「ATTO 3(アットスリー)」、「ドルフィン」に続く第3のモデルとして、EVセダンの「シール」が2024年6月25日に発売されました。某自動車メーカーの開発ドライバー出身という経歴をもつモータージャーナリストの斎藤慎輔氏による試乗レポートをお届けします。
EVを取り巻く状況がめまぐるしく転変する今、注目度は高い
BYDというブランド名には「Building Your Dreams」の意を持たせている。でも、BYDの大躍進、大成功ぶりをみれば、「Building My Dreams」じゃないですか、と突っ込みたくなるくらいだ。それにしても、ちょっと驚いているのは、BYD「シール」の日本での発売が、結構な話題を振りまいているように思えることだ。
これはシールが、中国メーカーとして欧州Dセグメントセダンと勝負する、とその出来に自信を見せていること、EV大国となった中国が自動車輸出においても世界1位となっている現実(直近ではシェア約33%)、BYDがEVの年間世界販売数においてEVのトップランナーたるテスラに肉薄しつつあり、そのテスラの「モデルY」は、2023年の車種別世界販売台数でトヨタの「RAV4」を抜きトップに躍り出たこと、しかもそのRAV4に約15万台もの大差をつけて、EVが単一車種でも世界一多い販売台数を獲得するという衝撃など、テスラやBYDが中心となって、自動車界、なによりEV界のニュースを賑わしていることも、その感を一層強めたのかもしれない。
その一方では、EV販売の失速やら、そこから、やっぱりハイブリッドが正解だったといった話も増えてきている。私はEV推進派でも否定派でもないのだが、本音で言えば、パワートレインの選択肢が増えたことは歓迎で、環境性能の優劣については、現状では見方で変わるものとして決めつけないでいる。また、バッテリーを主として性能、制御、さらには充電インフラ&システムも発展・変化途上だし、一方で内燃機関のカーボンニュートラル燃料による継続の可能性などもあって、それこそ評価も日々見直しが必要とされる段階だ。それでも、この先に紆余曲折、地域による差は生じるにしても、パワートレインの中でのEV比率が着実に高まっていくだろうことは否定できない。
いち早くEV方向へと舵を切った中国メーカー
そもそも自動車は、メーカーが好き勝手に製品の方向性を定めて作れるものでもなく、とくに量産メーカーでは、国策および地域の法規、方針などに基づいた経営判断および製品ロードマップが求められる中でいえば、中国メーカーがEV方向へ邁進したのは当然だし、欧州もVWのディーゼルゲート事件がきっかけになったとはいえ、欧州委員会の無理難題とも思える短期間でのEV化への策定に対応を迫られ、くわえて中国市場を重視するならば、限られた経営資源をEV方向へと向けざるを得なかったのもわかる。
つまり、大方の欧州メーカーも、自らが好んでEVへと突き進んできているものではないが、そうしてみたところで、市場の動向はインフラ整備や補助金頼みだったりで思ったほどにはついてきてくれず、EV戦略の見直しが求められるところとなって、各社が苦しい思いをしているというのが現状ではないだろうか。
欧州は日本のハイブリッドに勝てないからEVを選択した、みたいな話もよく聞くが、たしかに代表的なハイブリッドシステムのトヨタのTHS2が、日本のような平均車速が低い走行環境では圧倒的な低燃費(すなわち低CO2排出量)は実現しているものの、欧州、とくにドイツで多用される高い速度域には、動力性能でも燃費でも順応が難しいので、日本で信じられているほどには高い評価が得られているわけではない。
さらに、日産が採用するシリーズハイブリッドとなれば、高速域の効率が極端に低下するので、制限速度の再考、平均車速の低下など走行環境に大きな変化が訪れない限りは選択の余地もないのが現実だ。
つまり、国や地域によって求められる、あるいは適合するパワートレインは変わるという中で、いまEVは急激な成長の途中で踊り場を迎え、日本国内では、実用燃費や、種々インフラを考慮しても、やっぱりまだまだハイブリッドが一番なんじゃないですか、という声が多くなるのは自然なことだと思う。
結局、早期のEV一辺倒へのシフトには無理がある、というトヨタの主張はとても正しいと思うが、世界でもっとも多くの地域に販売しているメーカーでもあり、信頼性でも実績あるハイブリッドを軸にパワートレインの急激な変化を避けたい意向と、なにより潤沢な経営資源があってこそ、多角的パワーユニット戦略を唱える余裕があると考えている。
まさかの急成長を遂げたBYD、じつは内燃機関の技術も侮れない
そうした中での、中国でのNEV(新エネルギー車:EV、PHEV、FCEV)ナンバーワンブランドとなったBYD。新興自動車メーカーから合弁系メーカーまで乱立する中国は、商用車を含めて年間約3000万台が売られ、うち乗用車だけだと約2600万台だそうだ。乗用車中のシェアでいえば、BYDは12~13%。この数字の中には当然PHEVも含まれており、直近でのEVとPHEVの割合はだいたい5:5に近いと聞く。これは輸出における割合でも同等だ。ちなみにBYDは、2022年に純エンジン車の生産は終えており、NEVのみのラインアップだ。
中国の事情には疎い私が、わかったようなことは言えないのだが、5割以上のユーザーがPHEVを選ぶことに、なんだ、やっぱりそうか、と思うのは、あの広い国土で、充電環境が隅々まで整っているとは到底思えないから、BEVでは不安という人たちも相当数はいるのじゃないのか、ということだった。
むしろ、それを知って安堵はしたが、それゆえか、BYDはエンジン技術も磨いてきており、最近では熱効率46%超えという、数値上では紛れもなく世界トップとなる超高効率ガソリンエンジンを、新型PHEV用に搭載することを発表している。中国は内燃機関では日本をはじめ先行メーカーに勝てないからEV政策を押し進めた、という上から目線の話も説得力を持てなくなるかもしれない。
そんな話題尽きないBYDだが、私が興味を抱いたのは、シールに乗る前に話を伺ったビーワイディージャパン取締役の張 俊衛氏の話だった。張氏は、1995年にバッテリーメーカーとして立ち上げられたBYDに26年ほど在籍されている、つまりは2003年に自動車製造をはじめる前の時期に入社された方だ。
日本に20年以上住んでおり、当初は日本の家電メーカーなどとの取引が多かったところから、降って湧いたようにクルマを造るという話が伝わってきた時には、「そんなのできるわけがない、会社が立ち行かなくなるからやめてほしいと思った」と、当時の思いの丈を語っていただけたが、そこからの目まぐるしい変化と、いまや中国でNEVにおけるトップの販売だけでなく、テスラとEV生産で世界一を競う存在であるなど、まさに「こんなことになるとは思ってもいなかった」といった本音を伺えたことで、私の気分も少し和らいだのだった。
シールは後輪駆動モデルのほうが順調な売れ行き
さて、BYDシールはすでに欧州にも輸出が開始されており、BEV仕様だけでなくPHEV仕様も用意されている。日本にはBEV仕様だけというのは逆に挑戦的にも思えるが、先に導入された「ATTO 3」や「ドルフィン」と同様、まずはBYDといえばEVという認識が定着するほうがわかりやすい、という面もあるだろう。
そのかわりに、全長4800mm×全幅1875mm×全高1460mmというサイズのDセグメントセダンのBEVで、安全装備も快適装備も充実していて、82.56kWhという大容量の駆動用バッテリーを備えながら、RWD(後輪駆動)モデルで528万円(消費税込)、AWD(4輪駆動)モデルで605万円(消費税込)という価格は、テスラ「モデル3」と比べても抑えられているようには見える。
そこに導入記念キャンペーン特別価格なるものがあり、日本国内先着1000台に限り33万円引というのが当初の価格となる。そもそもDセグメントのセダンは、日本車では新車そのものがほぼ消滅している中で、輸入車、それも大半をドイツプレミアムブランドで保たれている市場になっている。そこでEVを1000台を売ることは決して低いハードルではないと思ったが、正式発売から約1カ月のデータで300台がすでに契約済とのこと。
RWDとAWDの比率は7対3といったところで、通常なら発売直後は高価格モデルから売れていくなか、価格重視で選ばれているとも思える特徴的な売れ方をしている。
RWDのドライバビリティは好感触
ただ、試乗会で乗ってみた限りでは、走りの面でいえば動力性能からハンドリングまでバランスよく仕上がっていると思えたのはRWDのほうで、AWDは、ツインモーターで出力が上乗せされる分、動力性能は当然高く、静止から100km/h域までの発進加速では公表値で3.8秒と、既存エンジン車のスーパーカー並の数値を得られているが、その速さはともかく、前後モーターの出力制御および駆動制御も、それに伴うハンドリングも、いまひとつ洗練度に欠ける印象を残した。
EVはそれこそ瞬発力や加速性能を誇示することが多いのだが、もともとそこはモーターが瞬間的に最大トルクを発生できるがゆえのEVの得意種目のひとつ。一方、日常で大切なのはそんな単純なところではなく、むしろ微小なアクセルワークでの出力の制御特性だと私は捉えている。ここでいかにドライバーの意図を汲んだ繊細なトルク制御を行えるか、その揺らぎが少ないか、といったところにじつは技術力を要する。
これが日常域のドライバビリティや快適性にも大きく影響してくる。まして雨天やそれこそ降雪時などには、走りやすさだけでなく安全性にも関与するものだ。その点でいえば、シールのRWDはドライ路面で乗る限りでは、思っていた以上に好ましい制御ができているようには感じたが、上には上がいる。たまたま本稿執筆時点で日産「アリア」のB9(FF仕様)を1週間ほど試乗しているところだが、この面での制御では一枚上手であることも感じることになった。
独自のバッテリー制御技術で充電効率を向上
EVの評価の中では、動力性能やドライバビリティ、乗り心地など走行面で見るべき点はICE(内燃エンジン車)と同様だが、決定的に異なるのは、充電効率を問われる点にある。EVでは、遠方に出かけた際などに多用することになる急速充電においてその差が顕著に生じる。
とくに日本のCHAdeMO規格の急速充電器は、基本的に1回の充電時間を30分としているだけに、その間にどれだけ効率的に充電がなされるかが、使い勝手に大きな影響をもたらす。BYDシールは、急速充電は105kWまでの対応だが、充電時のバッテリーの温度管理を厳密に行うものとし、充電時の時間経過にともなうバッテリー温度上昇を抑え、充電器側による出力抑制を最小限にしているとのことだ。
BYDによれば、実測テストで、SOC(充電率)30%の状況から、最大出力250kWのスーパーチャージャー(テスラの急速充電器)で30分充電した際の輸入EV(車種名は伏せられていたが、想像するにテスラ モデル3)と、最大出力90kWのCHAdeMO急速充電器で充電したシールとの比較で、250kWの側は時間とともに充電出力の抑制が段階的に行われるのに対して、シールは最後まで安定した充電出力が保たれ、結果として充電量は同じ42kWhだったというデータが示されている。
EVでもよく遠方まで試乗に出かける機会をもつ身にとっては、ここはEVの使い勝手のキモにもなり得るところだと身をもって知っているだけに、とても興味深いし、なにより期待も高まろうというものだ。
* * *
ということで、近くBYDシールのRWDモデル、AWDモデルそれそれを1週間ずつ試乗させていただき、例によってそれなりの時間、距離は乗るつもりでいるので、その際に詳しい車両の成り立ちとそれによる走りや快適性の評価、なにより実際の充電性能や使い勝手などまで、しっかり見たうえで改めてレポートしたいと思っている。
中国車は世界の輸出市場で軋轢を生むことにもなってきているが、それだけ脅威として捉えられているのも事実。時代はどんどん変わっていく現実を意識せざるを得ない。
BYD SEAL(RWD)
BYD シール(RWD)
・車両価格(消費税込):528万円
・全長:4800mm
・全幅:1875mm
・全高:1460mm
・ホイールベース:2920mm
・車両重量:2100kg
・駆動方式:後輪駆動
・リアモーター最高出力:230kW(312ps)
・リアモーター最大トルク:360Nm
・0-100km/h:5.9秒
・バッテリー容量:82.56kWh
・一充電走行距離(WLTC):640km
・ラゲッジ容量:400L
・サスペンション:(前)ダブルウィッシュボーン、(後)マルチリンク
・ブレーキ:(前)ベンチレーテッドディスク/ドリルドディスク、(後)ベンチレーテッドディスク
・タイヤ:(前&後)235/45R19
BYD SEAL AWD
BYD シール AWD
・車両価格(消費税込):605万円
・全長:4800mm
・全幅:1875mm
・全高:1460mm
・ホイールベース:2920mm
・車両重量:2210kg
・駆動方式:四輪駆動
・フロントモーター最高出力:160kW(217ps)
・フロントモーター最大トルク:310Nm
・リアモーター最高出力:230kW(312ps)
・リアモーター最大トルク:360Nm
・システム総合最高出力:390kW(529ps)
・システム総合最大トルク:670Nm
・0-100km/h:3.8秒
・バッテリー容量:82.56kWh
・一充電走行距離(WLTC):640km
・ラゲッジ容量:400L
・サスペンション:(前)ダブルウィッシュボーン、(後)マルチリンク
・ブレーキ:(前)ベンチレーテッドディスク/ドリルドディスク、(後)ベンチレーテッドディスク
・タイヤ:(前&後)235/45R19