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真夏に約10℃も温度をダウン! 日産が研究中の「自動車用自己放射冷却塗装」は車中の暑さの救世主になる!? 仕組みと今後の課題を報告します

塗料のイメージ

実用化に期待がかかる自動車用自己放射冷却塗装

実用化が実現すれば夏場での快適性がグッと高まる

連日体温を超えるような温度が記録されている日本列島。真夏の太陽がその熱を人体はもちろん、クルマや建物にも容赦なく送っています。当然、日中屋外に駐車しておいた車両も熱くなって触れないほど高温になっていることがあります。そんな車両の温度が、塗装によって-12℃も下がるという実証実験の結果が得られたと日産は言います。はたしてどんな塗料で、効果はどれほどなのか紹介します。

温度上昇を防ぐ仕組みは主に2つ

その塗装は「自動車用自己放射冷却塗装」と名付けられている。開発経緯としては、2017年に自己放射冷却材料について雑誌『サイエンス』に論文が発表されたことが始まり。その論文を目にした、日産自動車 総合研究所 先端材料・プロセス研究所 主任研究員 物理機能材料(メタマテリアル)エキスパート 工学博士の三浦 進氏が注目。独自にこの自己放射冷却材料の開発者を訪問し、共同開発を提案したことが始まりだ。

三浦氏は2015年時点で物理機能材料である音響メタマテリアルを研究していた。音響波は従来であれば重い物で遮音していたが、軽量な物で遮音するという、物理法則に従わない高い遮音性能を持つ材料の開発を続け、2023年に音響メタマテリアルの軽量遮音材の科学論文を発表するに至っている。

そして次にこの自己放射冷却素材の共同開発に乗り出す。このメタマテリアルとは、「自然界に存在しない物理特性を材料自体ではなく、人工的に実現した構造」と三浦氏は定義している。つまり、自然界では起きえない物理の法則を超越した材料ということになる。

自己放射冷却材料を開発していたラディクール社では、2019年時点でフィルム形態による冷却効果は認められたとのこと。そこで日産自動車は2021年に車両の塗装に使える材料の開発をラディクール社と行うようになった。2022年には厚膜塗料による冷却効果を確認したというから、開発スピードの速さには驚かされる。

塗料の主な成分は樹脂でできており、樹脂の分子は太陽光が当たることで振動を起こし熱を発生させる。これがボディが熱くなる原因だ。この自己放射冷却塗装の仕組みは、塗料の中に2種類のマイクロ構造粒子を投入し、1つは太陽光の成分の中で樹脂の分子振動を引き起こす、近赤外線の電磁波を反射する働きがあるとのこと。もう1つは樹脂の温度が上昇したときに電磁波を出すことで熱を放出する働きをする。

塗料の中に太陽光で熱くなる原因の電磁波を反射する粒子があり、そこである程度の熱を反射させる。反射しきれず熱せられた粒子の中で特定の電磁波が発生し、それを大気に放出することで塗装表面の温度上昇を抑制するという仕組みだ。

車内でも効果は体感できた

仕組みに関しては少々難しいところもあるが、取材時、この塗装を施した車両へ実際に触れることができたのでレポートしたい。サンプルカーとして披露されたのは、ANAエアポートサービスが羽田空港の構内で移動用などに使用している「NV100クリッパー」と「SAKURA」。約1年間塗装を施し実際に構内で使われてきた車両である。

これらの車両の全面に自動車用自己放射冷却塗装を施しており、取材日の日中、太陽光を浴びる場所に駐車。比較用に塗装が施されていない車両も用意されていた。塗装の施工車両ではボディに触れても「暖かいね」というくらいの感触だったが、未施工の車両では「熱っ!」という触るのも躊躇するくらいの差が……。

SAKURAの未施工車両のボンネットでは45.3℃だったが、施工車両のボンネットでは38.3℃と、約7℃の違いがあった。同じようにNV100クリッパーの未施工車両のボンネットは42.3℃、施工車両のボンネットは35.7℃と、6.6℃の違いだった。

取材撮影時に太陽が雲によって遮られたりしたため、同じ位置にありながら差は出てしまった。しかし、実証実験の中でしっかりとした環境で計測した日産のデータによると、ルーフで12℃の差があり、車内の運転席頭上では5℃の違いが出ているとのこと。

たしかにルーフライナーを触ると施工車両の方が車内もそれほど熱くなっていないのが筆者でも確認できた。屋根の無い空港の駐車場で止め置きされている車両が熱くならなければ、作業する人も乗るのが苦にならないだろう。

まだまだ実用化には課題が残る

塗装だけで車両の暑さが変わるのであれば、どんどん量産車へ対応していけば良いのにと思うが、塗装の中に含む粒子の問題で、塗装の厚みを薄くするのが難しいとのこと。あまり薄くすると自己放射冷却の効果が十分に出ないともいう。

さらに現在では太陽光を一番反射する白にしか対応できていないこと。色付き塗料への反映が難しく、現状では白が一番良いとされているのだ。さらに日産の塗料としての品質基準なども考慮しなくてはならず、実用化に向けては課題が多い。塗装の厚さをコントロールしながら効果を見極めること、色付きの塗装などに対応できるようになれば、量産車への採用も見込めるそうだ。ひとまず職人によるハンドスプレーでの塗装であれば施工が可能なため、救急車や幼稚園バスなどの特装車から手始めに施工を進めていきたいそうだ。

今回1年にわたる羽田空港での実証実験で、毎日太陽光に晒されている空港内車両で塗装の劣化などは見られなかったとのこと。もう少し技術開発が進み、量産車への塗布が可能になれば、酷暑で熱くなったボディともお別れできるかもしれない。そうすれば車内の快適度もあがり、エアコンの効きもよくなるということで、灼熱の夏も楽になることだろう。

温度の違いなどを動画でもチェック

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