マクラーレンのなかでも至高の存在、アルティメット・シリーズとは
マクラーレンという名前を聞いて思い浮かべるのは、超高額なハイパーカーというイメージでしょう。そんなマクラーレンのなかでも、さらにその上をいく超レアな限定モデルが存在します。それがアルティメット・シリーズです。「P1」「P1 GTR」「セナ」「スピードテール」「エルバ」というモデルが存在します。これら究極のマクラーレンとは、一体どのようなモデルなのでしょうか。
特別な称号を冠して、アルティメット・シリーズの始祖となった「P1」
マクラーレン・オートモービルが開発した、究極のスーパースポーツといえるのが、2011年のパリ・サロンでそのプロトタイプが公開され、2013年のジュネーブ・ショーで生産型が発表された「P1」だ。Pとはマクラーレンにとっては非常に重要な称号であり、ポールやポジション、あるいはポディウムといった数々の意味を秘めている。そしてまたこのP1によって、マクラーレンには「アルティメット・シリーズ」という新しいモデルラインラインアップが誕生したことも忘れてはならない。
見るからに高性能なエアロダイナミクスを想像させるボディは、フェラーリなどで手腕をふるったフランク・ステファンソンの手によるもの。彼独自の理論であるシュリンク・ラップ、すなわち機能をできるだけ小さなパッケージで包み込むという手法は、そのデザインを見ればすぐに理解できるところだが、リアウイングはオンロードモードの120mmからレースモードでは300mmに上昇、最大で257km/h走行時に600kgのダウンフォースを発生する。
さらに興味深いのはダウンフォースによる抵抗を低減させるためのDRS(ダウンフォース・リダクション・システム)を備えること。それはステアリングホイール上のスイッチで、ドライバーが自由に操作することができる。
リアミッドに搭載されるエンジンは、3.8LのV型8気筒ツインターボで、その最高出力は737ps。さらにF1マシンのKERS(Kinetic Energy Recovery System=運動エネルギー回生システム)を進化させたIPAS(インスタント・パワー・アシスト・システム)を装備することで、システム全体の最高出力は916psを得ることが可能だった。ちなみにこのP1はPHEVとしての機能も持ち、最高速で150km/h、距離にして約10kmのEV走行も可能とされていた。実際の運動性能は0-100km/h加速で2.8秒、最高速では350km/h(リミッター)という数字が発表されている。
マクラーレンF1の20周年を記念した1000馬力仕様の「P1 GTR」
それに続いて誕生した「P1 GTR」は2015年のデビュー。位置づけとしてはP1のサーキット走行専用車であり、また、あの「マクラーレンF1」の生誕20周年を祝うモデルでもあった。リアミッドのパワーユニットの構成はP1から変化はないが、最高出力は1000psにまで高められ、さらにそれを購入するにあたっては、すでにオリジナルのP1を購入していることなど、厳しい条件があった。それをクリアして見事にカスタマーの座を勝ち取ったオーナーには、P1 GTRドライバープログラムが用事され、シミュレータートレーニングやサーキット走行などが行われた。そしてこのP1 GTRの人気があまりにも高かったため、マクラーレンはP1 GTRの公道仕様車、「P1 LM」を5台生産するに至った。こちらもまた1000psの最高出力を誇るモデルだが、軽量化はさらに徹底され、P1 GTRよりさらに60kgの軽量化が果たされていた。
500台限定のうえに、さらに限定の特別仕様車も誕生した「セナ」
このP1シリーズに続いて、マクラーレン・オートモービルが発表したアルティメット・シリーズには、同社とも関係が深い「セナ」の名前が与えられていた。2017年に発表され500台が限定生産されたセナは、最初からサーキット走行を念頭において開発されたモデルで、したがってP1が採用したPHEVのシステムは採用されなかった。その姿はまさにレーシングカーといった印象で、特徴的なのは左右ドアの下部がオプションでガラス化できることで、これもサーキット走行時にはラインを見極める重要な要素になるのは間違いないところだ。
リアミッドのエンジンは、やはり3.8LのV型8気筒ツインターボ。最高出力は800psで、これには7速DCTが組み合わされる。軽量化のために標準モデルではカーボンファイバーを多用したインテリアや、アルカンターラの内張り等々、その仕上げはじつにスパルタンで、オーナーの中にはオプションのレザーインテリアを選択した者もいた。
このセナには、さまざまなバリエーションが登場している。2019年にはGT3カーのシャシーを採用し、さらにエアロダイナミクスを高めた3台の「セナGTR」が、また同年にはやはりマクラーレンのレース史には欠かせないCan-AmがGTRと共通のエンジンを搭載して3台のみを製造。さらには「セナLM」や「セナGTR LM」、「セナXPスペシャルエディション」なども続々と誕生している。アイルトン・セナの名前は、やはりマクラーレンにとって貴重であり、そして偉大なものであることがここからも分かる。
最高速400キロ超! フォーミュラEの技術を導入した「スピードテール」
このセナに続くマクラーレンのアルティメット・シリーズは、やや雰囲気を変えて3シーターのハイパーカーとして完成された。それはかつてマクラーレンが製作した「F1」と同じコンセプトを持つ、センターにドライバーズ・シートを配置する「スピードテール」だ。
このモデルの第一の魅力は、やはりその流れるかのようなボディデザインだろう。チーフ・デザイナーはロブ・メルヴィルに代わり、無駄を配した、まさにひとつの塊から削り出されたかのような美しさを持つ。パワートレインは4LのV型8気筒ツインターボエンジンに、フォーミュラEの世界から技術導入を果たしたというモーターを組み合わせたパラレルハイブリッド式。システム全体の最高出力は1070psにも達し、これが負担する車重は乾燥重量でわずか1430kgだから、0-300km/h加速の12.8秒というタイムにも、また最高速度の403km/hという数字にも十分な説得力がある。マクラーレンはこのスピードテールを106台限定生産する予定。デリバリーはすでに2020年から開始されているが、その106台のすべてにオーナーが決まっていることは最近のこのクラスのモデルでは珍しいことではない。
フロントウインドウをもたない究極の超軽量モデル「エルバ」
そして2019年、マクラーレンはP1、セナ、スピードテールに続くアルティメット・シリーズに、新たに「エルバ」の名前を付け加えた。そもそもこのエルバの名は、1960年に活躍したレーシングカー、「マクラーレン エルバ」に由来するもので、まず触れておかなければならないのはその超軽量設計だ。マクラーレンが公式に発表した乾燥重量はわずかに1148kg。対して搭載されるエンジンは、4LのV型8気筒ツインターボで、最高出力は815ps。エキゾーストシステムにはチタンやインコネルなどの軽量素材を用いるなど、軽量化への取り組みはじつに積極的だ。
さらに当初はフロントウインドスクリーンすら持たなかったエルバにはAAMS(アクティブ・エア・マネージメント・システム)が採用され、走行中にはフロントノーズから導入されたエアがコックピット前部のクラムシェルから排出され、これによってコックピットの上部を通過。不快なノイズや振動を感じない快適なキャビンが生み出されるという。2021年にマクラーレンは、フロントウインドスクリーンやほかの装備を搭載したモデルを発表するが、こちらも重量は20kgが増加したのみだ。
エルバの生産台数は149台。そのうちフロントウインドスクリーン付きの車両が何台製作されたのかは、マクラーレンからは明らかにされていない。
はたしてマクラーレンは、次なるアルティメット・シリーズをどのようなマシンに仕上げてくるのだろうか。時代が大きく変わる中での新型車開発。その行方は興味深い。