「TE」なのに「500」? しかも「AMG」? 知られざるエステートワゴン
メルセデス・ベンツのクラシックモデルが、すでにクラシックカーとして不動の地位を築いているのはご存知のとおり。さらに近年では、創成期のAMGが製作したスペシャルカーたちも、いわゆる「ヤングタイマー」市場で急速に評価を高めているようです。先ごろ名門ボナムズ・オークション社がオンライン限定で開催した「AMG Rediscovered Online」オークションでは、メルセデス・ベンツ傘下に収まる以前の、ちょっとクセの強いAMG製チューンドカーたちが登場。今回はその中でもとくに興味深いメルセデス・ベンツ「500TE AMG」の車両解説と、注目のオークション結果についてお伝えします。
オーバークオリティが当たり前だった時代に初めて設定されたエステートワゴン
この特別な「S123」系AMGワンオフ車両についてお話を進める前に、まずはその根源であるメルセデス・ベンツ「W123」について解説させていただく必要があるだろう。
デビュー当時「コンパクト・メルセデス」と呼ばれたW123系は、1976年に「W114」系に代わるメルセデスの中型車販売台数のリーダーとなった。
フリードリッヒ・ガイガーとブルーノ・サッコによるモダンなスタイリングは購買層のハートを鷲づかみにし、ショールームに並んだ直後から、このハンサムなメルセデスの新型車を求めるカスタマー候補たちが列をなしたという。実際に、需要があまりに強かったため、長い入荷待ちを避けるために、メーカーの定価に数千ドイツマルクの上乗せが追加された中古車を購入する顧客もいたほどだったといわれる。ダイムラー・ベンツ(当時)独自の厳しい品質管理措置が生産を遅らせたこともあり、W123の人気は衰えることなく、1986年の生産終了までキャンセル待ちが続いた。
現代のメルセデスの購買層が、最新のテクノロジーとガジェットに対価を支払っているのに対して、W123のプレミアム価格は品質と洗練へのこだわりを反映している。過剰なまでに設計され、細心の注意を払って製造され、驚異的な耐久性を誇るW123は、裕福な家庭からエグゼクティブ、国家元首に至るすべての人に好適なクルマだったのだ。
W123は約10年間で300万台近く製造された
この名作にまつわるエピソードのなかでもっとも有名なのは、ベースモデルがほぼすべての大陸でタクシーとして活躍し、とくに過酷な環境では今でも現役で見かけることができることだろう。プロのタクシードライバーたちはW123をこよなく愛し、1985年にその後継モデルである「W124」が登場すると、旧西ドイツのタクシードライバーたちは街頭で抗議の声を上げたとさえいわれているのだ。
もちろん、W123はタクシーだけのクルマではなく、1976年から1986年の間に300万台近くが製造された、自動車史上最高品質の量産車のひとつとみなされている。生産台数の大半は4ドアリムジン(セダン)が占めていたが、そのほかにもハンサムなクーペ、ロングホイールベースの「プルマン(6ドアリムジン)」にくわえて、スタイリッシュで実用的なエステートワゴンなど、豊富なバリエーションモデルも設定された。
ただ、決してパフォーマンスカーとして意図されたものではなく「280E」用のM110型直列6気筒DOHCガソリンが、ラインアップ上もっともパワフルな純正エンジン。くわえてダイムラー・ベンツが世界に先駆けたディーゼルエンジンも潤沢に用意され、その中には効率的な直列5気筒レイアウトを持つことで知られる3Lの「OM617」型ターボディーゼルも含まれていた。
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おそらく世界で1台の、AMG製V8を搭載したS123ワゴン
今回ボナムズ「AMG Rediscovered Online」オークションに出品された1979年式メルセデス・ベンツ「500TE AMG」は、ダイムラー・グループの1部門となる以前のAMGが一品製作したと思われる、特別な1台。その最大の注目要素は、生来の2.8L 6気筒エンジンから換装されたメルセデス「M117」型V8エンジンである。
この500TEを2020年に逝去するまで愛蔵していた、サンフランシスコの「AMGウェスト」社代表、故バリー・テイラー氏の記録によると、このV8エンジンはAMGによって手が入れられ、標準の5.0Lから5.2Lに拡大されていたという。
創業当初から、車両全体のバランスまで考慮するチューニングカンパニーのひとつだったAMGでは、フロントに搭載された大型V8からの追加パワーに対応するため、サスペンションの改良とホイールも大型化を行っていた。
また、この時代のAMGを象徴するボディキットやブラックアウトされたモールディングにくわえ、当時のBBS製バスケットウィーブ型スプリットリムホイールが装着され、オリジナルの「アストラル・シルバー」のボディに、カスタマイズされた赤い本革インテリアの組み合わせで仕上げられている。
この個体にはなんらのドキュメントも添付されていないながらも、AMGの大家であるテイラー氏がAMGのIDプレートとシリアルナンバーを付けていると主張していたことから、数少ないアファルターバッハ製コンプリートカーである可能性は非常に高い。
そのことを証明するかのように、エンジンルーム内のバルクヘッドを見るとダイムラー・ベンツ社オリジナルのシリアルナンバー「123.093.12.008986」にくわえて、そのサイドにAMGとしてのナンバーが打ち込まれている。
エスティメートを下回る価格で落札
幸運にもこの「500TE」に出会ったことのあるエンスージアストたちによると、テイラー氏はこのクルマをこよなく愛しており、自身のビジネスであるAMGウェストの社用車としても愛用していたという。たしかにその使われ方を物語るように、インテリアなどには明らかな使用感が見受けられる。
また、ボナムズ・オークション社の公式ウェブカタログ作成時の走行距離は8万2894kmだったそうだが、テイラー氏が亡くなってからはガレージ内に保管されていた。
メルセデス・ベンツのエステートワゴンは長い間、熱狂的なファンを獲得してきたいっぽうで、S123は近年ではコンディションの良い個体が少なくなってきているため、コレクターも注目しているようだ。
公式カタログでは「この素晴らしく希少な500TE AMGは、間違いなく私たちが出会ったメルセデスの中でもっともクールなワゴンの1台であり、週末の“カーズ・アンド・コーヒー”で、あるいは子どものサッカーの練習を終えたあとにタイヤスモークとV8サウンドに包まれながら帰るときに、主役になれるポテンシャルを充分に秘めている」という、いかにもアメリカ的なPRフレーズを添えつつ、15万ドル~18万ドル(約2197万円〜2636万円)というかなりの自信をうかがわせるエスティメート(推定落札価格)を設定した。
なお、今回の「AMG Rediscovered Online」オークションは、すべて「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」形式で行われるというのが前提条件とされていた。したがって、たとえ入札が希望価格に到達しなくても落札されてしまう可能性もある。
しかも、エスティメートの段階からけっこう高価だったこともあって、「リザーヴなし」ではしばしば起こりうる安価な落札もオーナー側では危惧されただろうが、実際のオンライン競売ではその不安が的中。
1週間に設定されたビッド(入札)期間中にも大きく伸びることなく、結局エスティメート下限を下回る13万8000ドルで落札されるに至った。
すなわち、現在のレートで日本円に換算すれば約2020万円。現在の慢性的な円安の為替レートではけっこうな高価にも感じられるものの、唯一無二のAMG製スペシャルカーであることを思えば、落札者にとってはなかなかリーズナブルな買い物だったようにも思われるのだ。