ナロー時代から継承された空冷911の世界観とドライブフィール
どうやら筆者はポルシェとの縁が薄いようで、ポルシェ911SCに乗るのは約30年ぶり。社会人になったばかりのころ、勤め先の先輩が愛用していたSCカブリオレを時おり運転して以来のことである。ただ「ビッグバンパー」時代最終型の911カレラ3.2については、ゲトラグ社製「G50」トランスミッション仕様(1987~1989年モデル)を、比較的近年にステアリングを握る機会を得ている。
いっぽう、今回の取材のために愛車1982年式911SCクーペをご提供くださった現オーナー氏、および取材に同行してくださった前オーナー氏は、お2人ともにポルシェ911について豊富な知見を有するコニサー(通人)である。そんな彼らが口をそろえて言うのは「SCとカレラ3.2は似て非なるもの」。聞けば、ウインドシールドの傾斜角やリアフェンダーなど細かいディテールが、SCはそれ以前までのカレラボディに近いいっぽう、カレラ3.2は964シリーズへの橋渡しの要素が随所に見られるというのだ。
そして今回ドライブの機会を得た911SCは、乗り味の点でもナロー時代から継承された空冷911特有のキャラクターを色濃く感じさせるものだった。
総排気量3600ccまでスケールアップされた964シリーズや993シリーズでは、低速トルクが格段に太くなったことから、マニュアルでもなんらの気遣いもなく乗ることができるのだが、この時代の911は、ナロー時代以来の「流儀」にしっかり従わなければならない。
左手でイグニッションキーをひねると、ボッシュKジェトロニック型燃料噴射の効力で間髪入れずエンジンは始動するものの、難しいのはそこからである。フライホイールが非常に軽いのか、クラッチワークが雑だったり、アクセルを不用意に煽った直後にスロットルを閉じたりすると、「ストン」とエンストしてしまいそうになる。
そこで、まずはアイドリング+αの回転数でゆっくりクラッチをつなぎ、車体が動き出したことを確認したうえでジワッとスロットルを開くと、まるで弾け出されるようにスムーズに発進してくれる。これに慣れるまでは、いくたびかの信号待ちを必要とした。
RRのトラクションと強烈にレスポンシブなボクサー6
でも、ひとたび一定のスピードに達し、トルクの「乗り」が、そのまま車体全体の動きに直結しているようなダイレクトなフィールを体感してしまえば、このクルマとの距離はグッと縮まってくるような気がする。
同じ空冷911でも、964シリーズや993シリーズが野太い咆哮を発するのに対し、こちらはナロー911以来の「シュルルルルッ」という甲高いボクサー6サウンドに、少しだけ「コブシを利かせた」エキゾーストノートを放出する。
低回転域では空冷クーリングファンのバサついた音の方が大きく耳に入ってくるのだが、3000rpmを超えてボクサー6本来のサウンドが聴こえてくるころには、車体全体がアクセル操作によってコントロールできるような感覚が味わえるようになってくる。
また、いわゆる「ポルシェシンクロ」時代のシフトチェンジは、タイミングを誤ると明らかな引っかかりを感じるものの、うまく回転を合わせさえすれば、レバーが自然と各速に吸い込まれるように入ってくれる。
もちろん、もとよりドライビングスキルが大したことないうえに、ポルシェ門外漢にも等しい筆者が空冷911の真髄のようなものに触れられるのは、ほんのひと時に過ぎないのかもしれない。
それでもカーブの曲率を問わず、クルマの向きをしっかり定めたのちに、RRのトラクションと強烈にレスポンシブなボクサー6の特質を活かした立ち上がり重視のコーナーワークを体感してしまうと、ナロー時代から綿々と引き継がれてきた空冷911の魅力に傾倒してしまう911エンスージアスト諸氏の気持ちが、わずかながらでも理解できそうな気がしてきた。
たしかに、記憶の片隅に残る911カレラ3.2と比べると、こちらの911SCは緻密にして濃密な911の世界観がより強く残されている気がした。「乗りこなす」、あるいは「クルマに人が合わせる」というプロセスが必須だったポルシェ911の芳香を残す、最後の世代となったのが、この911SCだったのではないかと実感したのである。
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