1982年式 ポルシェ911SC
「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回は、1970年代末から1980年代前半まで人気を得たポルシェ「911SC」を主役に選び、そのモデル概要とドライブインプレッションをお届けします。
じつは最後の911になるはずだったSCとは?
1963年に正式発表されたポルシェ「911」は、その後ほぼモデルイヤーごとに小改良が施されてゆく。とくに「Gシリーズ」と呼ばれる1974年モデルでは、前後バンパーの大型化とそれに伴うノーズとテールエンドのモダナイズが行われるなど、デビュー以来最大規模となるマイナーチェンジが施された。
そして1978年モデルとして誕生した「911SC」は、従来の「911/911S」および「911カレラ3.0」を1本化した、新たなスタンダード911。かつて「ナナサンカレラ」こと「カレラRS2.7」用のフラット6をデチューンして、Gシリーズ以降のスタンダードモデルに搭載したように、911SCにも「カレラ3.0」用をデチューンした3Lユニットが搭載されることになった。
しかも911SCでは、同じポルシェの「930ターボ」で採用されて以来、世界的な流行の兆しを見せ始めていた超扁平タイヤの装着を見越して、リアフェンダーがフレアした「カレラボディ」に統一された。
ところで、本来ならば911シリーズは、新世代の水冷FRポルシェ、「924」および「928」にとって代わられるかたちでフェードアウトすることが、この時点ですでに決定済みだったとのこと。したがってこの911SCは、911シリーズの最終モデルとなることを意識して開発されたモデルであった。かつて「356」シリーズのファイナルモデルにもつけられた「SC」というネーミングは、その証ともいわれている。
また、日本市場向けには930ターボ譲りの16インチホイールなどのスポーティなオプションが標準装備された上級バージョン「911SCS」もとくに用意されていた。
そんな911SCに搭載されたパワーユニットは、ボア95mm×ストローク70.4mm、総排気量2994ccの水平対向6気筒SOHCの「930/17」型エンジン。本国仕様の最高出力は当初の1978~1979年モデルでは180psとされたが、いかにもあのころのポルシェらしく、モデルイヤーを重ねるごとにブラッシュアップ。1980年モデルは188ps、そして1981年モデル以降は204psをマークしたとのことである。
こうして、名作911のフィナーレを飾るかとも思われていた911SCながら、その命運はポルシェ首脳陣の予測とは違う方向へと転がっていったようだ。次世代のポルシェの屋台骨を支えることを期待されていた水冷FRモデルの販売が、思うように伸びなかったのだ。
そして1980年末には、CEOとして水冷FRプロジェクトを推進してきたエルンスト・フールマン博士が、その責任を取るかたちで退職。そのかたわらで、911の存続を望むリクエストがあまりにも多かったことから、代わって就任したペーター・W・シュッツ新CEOは、911のさらなる延命を図ることを決定する。
そして、ポルシェの看板役者にふさわしいブラッシュアップを図った1984年モデルとして、排気量を3.2Lに拡大した「911カレラ」が登場したことにより、かりそめのファイナルモデルだった911SCは、それにとって代わられることになったのである。
ナロー時代から継承された空冷911の世界観とドライブフィール
どうやら筆者はポルシェとの縁が薄いようで、ポルシェ911SCに乗るのは約30年ぶり。社会人になったばかりのころ、勤め先の先輩が愛用していたSCカブリオレを時おり運転して以来のことである。ただ「ビッグバンパー」時代最終型の911カレラ3.2については、ゲトラグ社製「G50」トランスミッション仕様(1987~1989年モデル)を、比較的近年にステアリングを握る機会を得ている。
いっぽう、今回の取材のために愛車1982年式911SCクーペをご提供くださった現オーナー氏、および取材に同行してくださった前オーナー氏は、お2人ともにポルシェ911について豊富な知見を有するコニサー(通人)である。そんな彼らが口をそろえて言うのは「SCとカレラ3.2は似て非なるもの」。聞けば、ウインドシールドの傾斜角やリアフェンダーなど細かいディテールが、SCはそれ以前までのカレラボディに近いいっぽう、カレラ3.2は964シリーズへの橋渡しの要素が随所に見られるというのだ。
そして今回ドライブの機会を得た911SCは、乗り味の点でもナロー時代から継承された空冷911特有のキャラクターを色濃く感じさせるものだった。
総排気量3600ccまでスケールアップされた964シリーズや993シリーズでは、低速トルクが格段に太くなったことから、マニュアルでもなんらの気遣いもなく乗ることができるのだが、この時代の911は、ナロー時代以来の「流儀」にしっかり従わなければならない。
左手でイグニッションキーをひねると、ボッシュKジェトロニック型燃料噴射の効力で間髪入れずエンジンは始動するものの、難しいのはそこからである。フライホイールが非常に軽いのか、クラッチワークが雑だったり、アクセルを不用意に煽った直後にスロットルを閉じたりすると、「ストン」とエンストしてしまいそうになる。
そこで、まずはアイドリング+αの回転数でゆっくりクラッチをつなぎ、車体が動き出したことを確認したうえでジワッとスロットルを開くと、まるで弾け出されるようにスムーズに発進してくれる。これに慣れるまでは、いくたびかの信号待ちを必要とした。
RRのトラクションと強烈にレスポンシブなボクサー6
でも、ひとたび一定のスピードに達し、トルクの「乗り」が、そのまま車体全体の動きに直結しているようなダイレクトなフィールを体感してしまえば、このクルマとの距離はグッと縮まってくるような気がする。
同じ空冷911でも、964シリーズや993シリーズが野太い咆哮を発するのに対し、こちらはナロー911以来の「シュルルルルッ」という甲高いボクサー6サウンドに、少しだけ「コブシを利かせた」エキゾーストノートを放出する。
低回転域では空冷クーリングファンのバサついた音の方が大きく耳に入ってくるのだが、3000rpmを超えてボクサー6本来のサウンドが聴こえてくるころには、車体全体がアクセル操作によってコントロールできるような感覚が味わえるようになってくる。
また、いわゆる「ポルシェシンクロ」時代のシフトチェンジは、タイミングを誤ると明らかな引っかかりを感じるものの、うまく回転を合わせさえすれば、レバーが自然と各速に吸い込まれるように入ってくれる。
もちろん、もとよりドライビングスキルが大したことないうえに、ポルシェ門外漢にも等しい筆者が空冷911の真髄のようなものに触れられるのは、ほんのひと時に過ぎないのかもしれない。
それでもカーブの曲率を問わず、クルマの向きをしっかり定めたのちに、RRのトラクションと強烈にレスポンシブなボクサー6の特質を活かした立ち上がり重視のコーナーワークを体感してしまうと、ナロー時代から綿々と引き継がれてきた空冷911の魅力に傾倒してしまう911エンスージアスト諸氏の気持ちが、わずかながらでも理解できそうな気がしてきた。
たしかに、記憶の片隅に残る911カレラ3.2と比べると、こちらの911SCは緻密にして濃密な911の世界観がより強く残されている気がした。「乗りこなす」、あるいは「クルマに人が合わせる」というプロセスが必須だったポルシェ911の芳香を残す、最後の世代となったのが、この911SCだったのではないかと実感したのである。
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