アイコニックなビスポーク車両を3台ピックアップ
今を去ること120年前、1904年の創業から第二次世界大戦の直前まで、ロールス・ロイスの歴史はビスポークの歴史にそのままリンクしていました。ところが大戦後、とくに1960年代以降はボディのモノコック化が進み、ボディカラーやインテリアのマテリアルくらいの選択肢に限られてしまったのです。しかし今世紀を迎えたのちの、いわゆる「グッドウッドR-R」では、ビスポークへの取り組みを復活させ、専用のスタジオやデザイナーを擁して顧客の特別オーダーに応える体制を構築。ここ数年だけでも、数多くのマスターピースを送り出してきました。今回は現代のロールス・ロイス製ビスポーク車両の中でも、とくにアイコニックな3台をピックアップし、紹介します。
隈 研吾氏とコラボした「ドーン」
ます紹介するビスポーク車両の1台は、2021年4月に発表された「ドーン」。日本が世界に誇る建築家、隈 研吾氏をオマージュの対象とし、同氏がデザインワークにも関与した「ドーン」のワンオフ・ビスポーク車両である。これは、世界的な高級不動産デベロッパーである「ウエストバンク」社からの依頼によって隈氏がデザインした、東京・北参道の新しい高級集合住宅「The Kita(ザ・キタ)」の最上階に位置する、ユニークな多層構造のペントハウスの「茶室」にちなんでづけられた「The Kita Tea House(キタ・ティー・ハウス)」居住者のために一品製作されたもの。
ロールス・ロイス初のフロントフェイシア仕上げは、外装にスクリーン・ルーバー、内装にブロンズのディテールを採用。なめらかなシルバーのボンネットとすっきりとしたブラックのコーチラインで仕上げられている。
インテリアとエクステリアのテーマをまとめるため、リアデッキには天然のオープンポアのロイヤルウォールナット材のパネルを使用し、あたたかく親しみやすい雰囲気に仕上げたとのこと。これは、「ザ・キタ」のペントハウスのエントランスロビーに設えられた、高級ウォールナット材のパネルを想起させるためとのことであった。このビスポーク作品について、ロールス・ロイス社では「高級車と建築という2つの世界の懸け橋」、そして「移動可能な芸術作品」と謳っている。
織部焼にインスパイアされた「ファントム オリベ」
2021年5月に発表され、わが国でも大きな話題を提供した「ファントム オリベ」は、日本の起業家、前澤友作氏のオーダーによってエルメスとロールス・ロイスという世界に冠たるブランドが初めて公式にコラボしたビスポーク作品。
ボディカラーは、日本の「織部焼」にインスパイアされた特徴的な暗緑色とクリーム色の2トーンで仕上げられ、上部は織部焼の特徴たる暗緑色の釉薬を再現したビスポークカラー「MZオリベ・グリーン」を、下部は美しさを締めくくるクリームホワイトで彩られている。
内装では「エルメス・エネア・グリーン・レザー」をステアリングホイール、グラブハンドル、ATセレクター、ロータリーコントローラーなどに採用。またダッシュボード上部やインテリアピラー、リアパーセルシェルフ、センターコンソールやデカンタ収納部にもエルメス・レザーを使用しているほか、グローブボックスリッドには、両ブランドの相互理解を示す証として「Habillé par Hermès Paris」の文字を刻印。
後部座席用ヘッドレストのクッション部分やカーフ・サポートには、エルメスの繊細なパイピングが施されている。
さらにR-Rでも初の試みとして、ドアアームレスト、センターコンソール、リアコンソール、ヘッドライナーに、エルメスのアイコンである「Toile H(トワル・アッシュ)」キャンバス地を採用している。
彫刻的な動きで生命を吹き込んだ「ファントム シントピア」
2023年3月に初公開された「ファントム シントピア」は、発表当時「グッドウッド史上もっとも複雑な作業工程で作られたビスポーク」と称された。「シントピア」の名は、革新的なファッションデザイナーにしてクチュリエールでもあるイリス・ヴァン・ヘルペン氏が2018年に展開した、画期的なコレクションにちなんで名付けられたものという。
「ファントム エクステンデッドホイールベース(EWB)」を、ビスポークオーダーのための究極的な「白いキャンバス」とし、イリス・ヴァン・ヘルペンとのコラボレーションにより、自動車によるオートクチュールのマスターピースを目指した。テーマとされたのは「自然、芸術、科学のシームレスな共生」。バイオミミクリー(生物模倣)の原則に基づき、水の動きのなめらかさを、手作業とデジタルの織物技術で視覚化し、彫刻的な動きで生命を吹き込んだものとのことである。
注目のインテリアには、流れる水の動きを表現した立体的なテキスタイル彫刻を採用。ダッシュボードに設置されるファントム特有の「ギャラリー」には、イリス・ヴァン・ヘルペンがアムステルダムに構えるアトリエのスペシャリストによってデザインされ、「ハウス・オブ・ロールス・ロイス」が手作業で仕上げたアートワークが「展示」される。
また、ルーフライニングに光ファイバーが煌めく「スターライト・ヘッドライナー」は、ロールス・ロイス史上もっとも複雑といわれる「ウィービング・ウォーター」デザインとしたうえに、ロールス・ロイスでは初となるビスポークのフレグランスを使用し、真に没入できる体験を実現したとのことである。
さらに、イリス・ヴァン・ヘルペンが「ファントム シントピア」にマッチする一点モノのオートクチュール服をデザイン。2つのラグジュアリーメゾンがコラボレートし、「イノベーション」と「クラフトマンシップ」、そして「ラグジュアリー」の限界を押し広げるとのことであった。