1990年式 ホンダ NSX
「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回は、今から30余年前にホンダが世界を驚嘆させた、ヤングタイマー・スーパーカーの至宝「NSX」を主役に選び、そのモデル概要とドライブインプレッションをお届けします。
ホンダのすべてを結集したスーパースポーツ、初代NSXとは?
もはや改めて解説の必要もないかもしれないが、ホンダ/アキュラ「NSX」は「世界第一級の動力性能とハンドリングの両立」という目標のもとホンダの最先端技術を結集し、動力性能と運転のしやすさを高い次元で両立させた、本格的なミッドシップスポーツカー。
上原 繁氏が率いる開発チームは、量産車としては世界初となった総アルミモノコックのボディをはじめとして、エンジンやサスペンション、シートの構造部材に至るまで軽合金をぜいたくに多用することで、自ら第一の命題として課していた軽量化を大胆に推し進めた。
企画段階についての定説のひとつとして挙げられるのは、もともとは2Lクラスのライトウェイトスポーツカーを目指していたことである。そのため、直列4気筒エンジンが搭載される方向でプロジェクトが進行していたという。しかし当時のホンダ社内事情や、実際のメイン市場となるであろうアメリカを見据えたリサーチなどから、実走プロトタイプの開発・製作段階では、ホンダの最高級車「レジェンド」用エンジンをベースとする、3.0L V6 SOHCユニットが選ばれることになった。
このプロトタイプの状態で、1989年の北米シカゴ・オートショーにて世界初公開されたのが「NS-X」。車名は「New」と「Sportscar」に、未知数を表す「X」を組み合わせた「New Sportscar X」のイニシャルとされた。
しかし「インテグラ」用として開発していた新機構のVTECが、このころ時を同じくして完成。レース用ではないロードカー用のNAエンジンながら、「リッターあたり100馬力」を実現したこと、あるいは、VTECの高性能が市場から好評をもって受けいれられたことから、NS-Xプロジェクトでも急遽VTECおよびDOHCの採用が決定に至る。
ところが、DOHC化およびVTEC機構搭載のためシリンダーヘッドが大きくなってしまうことから、ホイールベースの延長を余儀なくされたものの、エンジンを傾斜させることにより30mmという最小限の延長で収めることができたという。
そのかたわら、1989年2月にホンダ製エンジンを搭載するマクラーレンF1のテストで日本に来ていた故アイルトン・セナ選手にも、プロトタイプ状態のNS-Xのステアリングが託され、彼のアドバイスはシャシーのチューニングに活かされたといわれている。
そののち、ノルドシュライフェ(ニュルブルクリンク北コース)を筆頭に、世界各地で行われた8カ月もの試験走行を経て、1990年9月に正式デビューしたのが、車名からハイフンを外した「NSX」だった。
搭載されたパワーユニットは、3.0L V型6気筒DOHC VTECの「C30A」型。5速マニュアルにくわえて、当時のスーパースポーツでは珍しかった4速オートマチックが用意され、MT仕様では280ps、AT仕様では265psをマークするいっぽう、最大トルクはMT/ATとも30.0kgmを発生。ABS(当時のホンダでは「4W-ALB」)やトラクションコントロール、SRSエアバッグなど数々の安全装備も時代に先駆けて採用していた。
そして、当時の日本ではほとんど前例のなかった高級スポーツカーの生産にあたっては、新たにアルミニウム電気溶接のための発電所まで備えた専用工場を、栃木・高根沢に新設。熟練工の職人技をフルに活用する生産システムを構築し、1日最大25台の規模で生み出されることになった。
デビュー直後に購入したシリアルナンバー「143」の個体
今回の「旧車ソムリエ」取材にあたってご提供いただいたホンダNSXは、ファーストオーナーであるK氏が、デビュー直後に新車として購入した個体。シリアルナンバーは「143」で、もしかしたら一般顧客に引き渡されたものとしては、国内第1号車の可能性もあるという。ちなみに、故・徳大寺有恒氏が入手したのは「146」番だったそうだ。
それから30余年、K氏は大切にこのNSXを愛用してきた。ほかにポルシェ「911」やフェラーリなども入手しながらも、結局手もとに残ったのはこのNSXだったという。
そんな大切な愛車のステアリングを委ねてくださったことに感謝しつつ、もちろんアルミ製の軽いドアを開くと、この時代に作られたあらゆるホンダ車と同じ「ピンポン、ピンポン」という電子警告チャイム。その懐かしくもほほえましい音に油断してしまうも、やはり全高1170mmのスーパーカーである。乗り込むには少々アクロバティックな動作を必要とするのは、同時代のフェラーリと大差ない。
全幅1810mmと、現在のクルマに慣れてしまった眼で見るととてもスマートながら、ホイールベースや全長は12気筒エンジンの「テスタロッサ」に近いサイズ感で、パッと見にはいささか大柄にも映る。しかし、高速域ではちょっと怖いくらいに開けた前方視界をはじめ、四方の見晴らしが非常に良いため、この種のスーパーカーにありがちな、取り回しの劣悪さによるストレスは皆無である。