トヨタの「キネティックシート」開発の場としても活用されている
また、このスクールに合流する形で、トヨタが現在開発を進めている「キネティックシート」の開発部隊とその開発車両がこの場に持ち込まれている。「キネティックシート」とは、人の骨格の動きに合わせて座面と背もたれが、骨盤と背骨の運動軸まわりにそれぞれ動くことで、頭部の揺れを抑え、身体への負担を軽減するというもの。現在開発が続けられており、フィードバックを得たいということで、このHDRSの場では、トヨタに在籍するパラアスリートの方をはじめとした機能障がいを有するトヨタ社員が試乗をし、青木拓磨選手やHDRS参加者も試乗する機会も設けられている。
会場には開発中の「キネティックシート」を装着した「GRヤリス」と「ヤリス」の2台が持ち込まれたわけだが、今回は開発スタッフが実際にそのステアリングを握って積極的に走行することとなった。これまでは開発スタッフが助手席に同乗してはいたが、キネティックシートをインストールしたドライバーズシートに座って走行をすることはあまりなかった。
参加したのは、トヨタ自動車の先行技術開発カンパニーの棚橋亮介さんと同じく東富士研究所の不破和樹さんの2名。キネティックシートの製品化企画を担当している棚橋さん、そして実際の性能評価をする不破さんという位置づけだ。
「自分たちはハンドドライブというもの自体がよくわかっていない。今までの操作系とは違う価値があり、今回はそれを学ぼうということでやってきました。これまでハンドドライブ車については乗ったことはありますが、ただ乗ってみてどうだったというものでなく、(今後開発を進めていく際に)ハンドドライブを評価できるようにならなければいけないのではないか、ということになり、ではまずはやってみようということで、ドライバーとして参加することになりました」(棚橋さん)
ハンドドライブを理解する必要がある
彼らが現在取り組んでいるのはシートの開発であるわけだが、それでも開発を進めていくには、その使用環境についても知らなければならない、ということなのだろう。そもそもトヨタ社内ではペダルを踏むことを前提で評価をしてきていて、ハンドドライブの評価ということ自体が存在しない。ハンドドライブをまずは自分たちで学ぼう、ということのようだ。手動装置をしっかりと評価できないと、使用する皆さんの語る「当事者としての話」もわからないということがある。
今回ドライバーとして走り込んだ2名はともにクルマ好きだが、もちろんハンドドライブユニットを使っての本格的な走行の経験はない。これまでは走行安定性や乗り心地性能の評価検討を担当してきたという不破さんは、次のようにコメント。
「まずは難しいのひと言です。ハンドドライブユニットの面白さはあるのですが、やっぱり足のほうが慣れているし、コントロールしやすいってのはありますし、すべてを手で行う難しさもあります。ただ、手のほうが細かな感覚もあるので、いろいろなフィードバックがよりよくわかり、より繊細な操作ができるのではないかな、ということも感じました。
我々の車両テストでは常に両手でステアリングを握っていなければなりません。しかしハンドドライブは、片手でスピードのコントロールをし、もう一方の手でステアリングを動かさなければなりません。つねに片手運転になるわけです。社内的にはやっちゃいけないことをやっているって状態です(笑)。ですので、社内に評価項目ってのもないですしね。
ドライビングポジションが合わせづらいってこともありました。ステアリングは運転者に対して下から斜めにレイアウトされています。ハンドルを握り変えながらつねに同じ高さのところを握ることができる両手運転と違って、つねに片手でハンドルを動かさなければならないハンドドライブの方の場合、ステアリングの上方は身体から遠くなり、下方では身体に近すぎて窮屈で操作がしづらいということもわかりました。そのあたりの調整シロなども評価項目としていけたらと思いました」
棚橋さんは次のように話す。
「左に曲がるときと右に曲がるときで身体の使い方が違うことや、加減速操作をしながらだとすごくしんどいってことは経験がなくて気が付かなかったです。やってみるといろいろ発見があります。身体の使い方はもちろん、機能障がいを持つ人もそれぞれですから、操作系の選択肢があることも必要だと感じました。自分に合った操作系を選択できるようになればいいですね。
今回のようなこの経験や気づきからくる新たな提案も今後していけるかもしれませんし、良いところと困るところも含め、これまで気づかなかったことも多く、さきほどの片手運転もそうですが、片手運転を前提とした評価ということも見ていかねばならないとも感じています」
今回のハンドドライブの評価については、あくまでも「キネティックシート」の開発のためとのこと。だが、このフィードバックが「キネティックシート」以外にも波及することは想像できるし、この知見がどのように活かされ、さらにコクピットまわりにどう影響をあたえることになるのか、今後も開発の行方に注目したい。