特別なスポーツ仕様のユートピアに公道試乗
パガーニのハイパーカー第3世代となる最新モデル「ユートピア(ウトピア)」。グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2024に参加したマットグリーンのフィルムを大胆に貼った車両を、西川 淳氏がジャーナリスト初となる公道で試乗してきました。公道試乗で見えた驚きの実力とは……?
コンセプトは「シンプル+ライトウェイト+ドライビングファン」
ホレーシオ・パガーニが自らの名を冠したハイパーカーの第3世代「ユートピア」を発表したのは2022年秋のこと。彼がランボルギーニを辞し自らのデザイン会社「モデナデザイン」を設立してちょうど30年が経った節目の年だった。初代「ゾンダ」、2代目「ウアイラ」と彼の少量生産ハイパーカービジネスはいずれも大成功を収め、世界で最も高価で豪華なスーパーカーブランドとして確固たる地位を築くに至っている。
ユートピアの開発コンセプトは、その見た目の豪華絢爛さとは裏腹に、至ってストレートなものだ。いわく、「シンプル+ライトウェイト+ドライビングファン」。スーパーカー、否、スポーツカーにとってこれ以上なく明快なコンセプトであろう。そこだけ抽出すればほとんどマツダ「ロードスター」の世界観だ。
そもそも歴代パガーニモデルのコンセプトとは、Cカーに代表される1990年代のスポーツプロトタイプの設計を元ネタにしたレーシングカー的なスパルタンマシンでありながら、ビス1本に至るまで軽量かつ高価な素材を惜しみなく使ってとびきりラグジュアリィに仕立てた“めっぽう速い宝石”、である。
車重は驚異的な1280キロを達成
久しぶりに本社を訪ねるとユートピアのテスト車両がすでにスタンバイしていた。英国で開催されたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2024から戻ったばかりで、もともとはシャンパンゴールドの車体ながら、英国イベント用にマットグリーンのフィルムを大胆に貼ったままだ。足元にはスポーツパッケージの象徴であるカーボンリムとパガーニ専用開発のピレリ Pゼロ トロフェオRSが奢られている。筆者は幸運にもこの仕様で公道を走る世界最初のジャーナリストとなった。
ユートピアのスタイルにはホレーシオが愛してやまない1960年代のスポーツプロトタイプレーサーの雰囲気も色濃く漂う。デヘドラルドアを跳ね上げ、ワインレッドのレザーに包まれたシックなインテリアを覗き込めば、そこにあろうことか屹立するスティックシフトが見えた。3ペダルマニュアルトランスミッションの復活は、ラップタイムよりマイペースのドライビングファンを望む多くのカスタマーの要望を聞き入れて、開発の途中で急遽加えられたものだという。
キャビンの背後にはメルセデスAMGがパガーニ用に再設計し、今なお生産する6L V12ツインターボが収まっている。もうそれ自体が巨大な宝石のように輝く。最高出力864ps、最大トルク1100Nmという数値そのものは、1000psオーバーを豪語する猛者の多い昨今の電動スーパーカー界において、いささか見劣りするやも知れぬ。けれどもたとえば2000psのフルエレクトリック・ハイパーカーとは違って、ユートピアの車重はわずかに1280kg。
約1.5kg/psというパワーウェイトレシオは驚異以外の何ものでもなかろう。ホレーシオは以前よりスペックだけをいたずらに追求するのではなく、総合的な性能を重視してきた。今回、彼の口から直接「12気筒エンジンを諦めるつもりはまったくない」という嬉しい言質を得たことも付け加えておこう。
「軽さの正義」を実感する加速レスポンス
最新ハイパーカーとしては異例の3ペダルMT車。けれどもその扱いに意外や気難しさはまるでなかった。むしろ手足を駆使して数億円のハイパーカーを操るという行為そのものに対する緊張を山道に差し掛かる前にいかにしてほぐしておくか。そのほうが問題だ。隣に座ったテストドライバー氏とクルマ以外の他愛もない会話(この辺りで美味しい店教えて! とか)でほぐしていくしかない。
田舎の古い街並みを抜ける。道は荒れている方だが乗り心地の良さにまずは感動した。ウアイラよりはっきりとコンフォート。車内の景色からしてそうなのだ。それでいて車体そのものは以前よりいっそう引き締まって、一体感も増しているように感じる。
街を抜けると丘陵を縫うように走るオープンロードに入った。覚悟を決めてスロットルを開けてみる。V12エンジンの咆哮が後頭部から脳内をつんざき、パワートレインの振動が腰と尻を刺激して、メカニカルノイズが全身を奮い立たせる。そして車体そのものは鞭を打たれた駿馬のように反応した。その加速レスポンスは驚くほど瞬発的で、これが“軽さの正義”だと実感する。
タイトヴェントでのノーズの動きは、まるで上半身がフロントアクスルと一体となって動いていたかのようだ。フロントの両輪をつねに両腕で抱えて動かしているような感覚がある。その動きはいたって正確で、狙ったラインにフロントタイヤを自由における。ある程度、速度をあげてもまるで変わらないからさらに驚く。いやはや驚きっぱなしである。
だんだんとアベレージが上がっていった。狭い道でのトラックとのすれ違いでもためらわずに抜けていけるようになる。これほどのマシンでありながら、身体に馴染む速さといったら! マニュアルギアボックスの美点でもあるだろう。やっぱり機械は自分で操作してナンボ、である。
あっという間に約束のテスト時間を終えると、背中がぐっしょりと濡れていた。空調が効かなかったわけじゃない。むしろよく効いていた。そうではなく興奮と感動の汗だ。最近のスーパーカーの中でもなかなか得難い経験である。
ちなみにパガーニ社の生産規模は年産最大50台という。ユートピア ベルリネッタの生産台数は99台に限定されており、取材当時(2024年7月下旬)には44台目が完成間近であった。一度に8台の生産がオーガナイズされ、すでに40台以上が仕上がっている。顧客へのデリバリーも開始した。3ペダルマニュアルのオーダーが半数以上。また先だって開催されたモントレー・カーウィークでは待望のロードスター(限定130台)も発表された。