サーキットを攻められる数少ない電気自動車
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のキーワードは「ヒョンデ アイオニック5N」です。WRCなどモータースポーツでも活躍しているヒョンデですが、電気自動車も精力的に開発しています。そのなかでも、アイオニック5に、パフォーマンスブランドである「N」の名を冠したモデルが存在。高い運動性能を、筆者が体感してみました。その実力は?
圧倒的加速力は気分が悪くなるほど……
韓国最大手「ヒョンデ」の勢いが止まりません。次々と魅力的なモデルを開発し、世界戦略を進めています。また1台、とんでもないモデルを開発し、日本に投入してきたことで世間がザワザワしています。
そのモデルは「アイオニック5N」です。アイオニック5はすでにデビューしており、純粋なBEV(バッテリー・エレクトリック・ヴィークル)として高く評価されています。そのアイオニック5の走りの戦闘力を過激なほどに高めたのが「アイオニック5N」なのです。
搭載するバッテリーは84.0kWhと大容量ですし、最高出力は650ps、最大トルクは770Nmに達します。フルスロットルの加速力に挑んでみましたが、加速して数秒で頭がクラクラし、気持ち悪くなってしまうほど。仮にも僕はプロのレーシングドライバーとして日頃から激辛パワーのモンスターに乗っていますが、それでもこの加速には身体的にやられたのです。
そんな獰猛なモンスターなのですが、驚かされるのは、サーキット専用の電子制御モードが設定されていることです。
これまでも、GPSでサーキットにいることが確認されれば、速度リミッターが解除される、あるいはフルパワーモードにスイッチングすることが可能なスポーツカーは存在していましたが、「アイオニック5N」はさらに緻密です。レースでのスタートに備えて、ローンチコントロールが組み込まれていることではもはや驚きません。さらにレース展開を予想したプログラミングがなされているのです。
バッテリーの電力は電気分解です。つまり、積極的にバッテリーエネルギーを消費すれば発熱します。回生で電力を溜め込めばそれでも発熱します。駆動用モーターも同様です。
異常発熱すると、性能が低下します。充電能力が低下するばかりか、有効な出力が発揮できません。ですから、充放電が激しく繰り返されるスポーツ走行で速く走らせるのは苦手なのです。
1000Nmのエネルギーがあっても、そんな脱兎のごとき速さが味わえるのは最初の数秒ほどで、すぐにカメのように鈍重になるのがBEVの特性なのですが、「アイオニック5N」は緻密に温度管理することで、出力低下の被害を抑えようとしています。
最適制御のおかげで決勝レースを走り切れる
予選モードは1周だけ速く走ればいいわけですから、発熱のことは気にせずにフルパフォーマンスを発揮するようにプログラミングされています。一方決勝レースでは、コンスタントラップが求められます。レースモードでは、バッテリーとモーターの発熱を監視しながら最適な出力コントロールをするというのです。これはもう、F1やWRCなどの世界選手権レベルですよね。
メーター内には、前後のモーターとバッテリーの温度が表示されています。それを目で追いながらスロットルコントロールするのも楽しみですが、クルマにすべてを委ねて走るのも都合がいいかもしれませんね。
ちなみに、「アイオニック5N」の「N」はヒョンデのトップパフォーマンスブランドの名称です。例えるならばBMWの「M」、メルセデスの「AMG」、アウディの「RS」ですね。
語源はニュルブルクリンクの「N」です。最近でヒョンデは難攻不落なニュルブルクリンクのレースに挑戦しています。そこでマシンを鍛えているのです。だからといって、レースモードを組み込んでいるなんて、想像もつきませんでした。素晴らしいです。